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第12課 千年王国と新天新地 ◎本文聖句 : 黙示録 21:1〜8 ◎関連聖歌 : 164章、532章
◎暗証聖句
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“また私は、新しい天と新しい地とを見た。以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もない。” ◎参照聖句 : 黙示録 20:1〜15、21:9〜22:21 ◎目標 : 1) 千年王国と新天新地に対して調べましょう。 2) 私たちは将来新しい天と新しい地で神様とともに永遠に住むことを知りましょう。 ◎勉強する内容 空中で子羊の婚礼が終わってからイエス様が地上に再臨なさる時、私たちも主とともに地上に下って千年の間王としてこの世を治めます。その後、私たちは新天新地に入って主とともに永遠に住むようになります。今日は千年王国と新天新地に対して勉強します。
1.千年王国 千年王国とはイエス様が空中に再臨なさって子羊の婚礼が終わった後、地上に再臨なさる時、私たちも主とともに地上に下って千年の間王の役割をする期間を言います。 この千年王国が始まる前にサタンの収監と裁きがあります。使徒ヨハネは“御使いが底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下って来るのを見た。彼は、悪魔でありサタンである竜、あの古い蛇を捕え、これを千年の間縛って、 底知れぬ所に投げ込みました”と証しています(参照、黙示録 20:1〜3)。 使徒ヨハネはまた‘多くのさばきの座’があることを見ました。ここで ‘座’と言わないで ‘多くの座’と言ったのはイエス様が一人でさばくのでなく、聖徒たちとともに座に座って羊と山羊を区分するようにさばくからです(参照、マタイ25:31〜46)。 千年王国には第一復活に参加した人たち、すなわち7年患難の間に殉教した人と偶像崇拝をせず、額や手に刻印を受けてない人たちが生き返ってキリストとともに千年の間王になります(参照、黙示録 20:4)。 千年王国の時、地球上には人がまた盛んになります。それはサタンの誘惑を受けないので、罪と病がないからです。千年が経った後、神様はこの人々が神様をまことに愛するかどうかを試すために千年の間底知れぬ所に閉じこめておいたサタンと彼の群れを一時的に解放します。 この時サタンは最後のチャンスだと思って多くの人を誘惑して民を集めて神様を対敵するようにさせるでしょう。聖書はこの時、サタンに付いて行く人の数が海辺の砂のように多いと記されています(参照、黙示録 20:8)。
しかし、天で火が下って彼らを焼き尽くして、彼らを惑わしたサタンは火と硫黄との池に投げ込まれます。そこは獣も、にせ預言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受けるでしょう(参照、黙示録
20:9〜10)。 2.白い御座のさばき 使徒ヨハネが見ると、大きな白い御座があって、そこに着座しておられる方がいて地も天もその御前から逃げ去って、あとかたもなくなりました。そこでは、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っていました(参照、黙示録 20:11〜12)。これは人類最後のさばきである ‘白い御座のさばき’が始まることを意味します。ここで、数々の書物が開かれて、書物に書きしるされているところに従って、自分の行ないに応じてさばかれます(参照、黙示録 20:12)。 そして、また一冊の本が開かれていますが、この本はいのちの書です。神様は人々の不義の行いを一つ一つ指摘した後、いのちの書に彼らの名前がいないことを確認させます。すなわち、いのちの書に名前が記録されてない人々は言い訳も出来ずに火の池に投げられるようになります。これがすなわち第二の死であり、永遠の死です(参照、黙示録 20:14〜15)。
3.新しい天と新しい地と新しいエルサレム 使徒ヨハネが新しい天と新しい地とを見たとき、以前の天と、以前の地は過ぎ去り、もはや海もありません。そこは聖なる都、新しいエルサレムです。まるで夫のために飾られた花嫁のように整えられています(参照、黙示録 21:2)。 御座に座られたイエス様が勝利を得た人々にはいのちの水の泉から価なしで飲ませるとおっしゃいました。しかし、おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行なう者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と硫黄との燃える池の中にあります。これが第二の死なのです(黙示録21:6〜8)。また、使徒ヨハネが見ると、都には神の栄光があって、その輝きは高価な宝石に似ており、透き通った碧玉のようでした(参照、黙示録 21:11)。しかし、使徒ヨハネは都の中に神殿を見ることが出来ませんでした。それは、万物の支配者である、神であられる主と、小羊とが都の神殿だからです。神の栄光が都を照らし、小羊が都のあかりですので、都には、これを照らす太陽も月もいりません。そこには夜がありません(参照、黙示録 21:22〜25)。 また、使徒ヨハネは、神と小羊との御座から出て来る水晶のように光るいのちの水の川を見ました。これは、都の大通りの中央を流れていて川の両岸には、いのちの木があって、十二種の実がなり、毎月、実ができていて、その木の葉は諸国の民をいやしていました(参照、黙示録 22:1〜3)。こちらがまさに私たちが入る新しい天と新しい地と新しいエルサレムです。 新しい天と新しい地には古くなることも衰えることも汚れることもなくて、すべてのものが新しいです。生きて行くほど新しくなるのです。それでその名前も新しい天と新しい地と新しいエルサレムです。その所は涙や死がなく、悲しいことや大声で泣くことや痛いことや喝きや呪いがなく、永遠に私たちが入って住む所なのです。 キリストはこの預言のことばを朗読する者と、それを聞いて、そこに書かれていることを心に留める人々は幸いである。時が近づいているからであるとおっしゃったし(参照、黙示録 1:3、 22:7)、この書の預言のことばを封じてはいけないとおっしゃいました(参照、黙示録22:10)。そして、主は、わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために、わたしの報いを携えて来るとおっしゃいました(参照、黙示録 22:12)。 ですから、私たちは新しい天と新しい地と新しいエルサレムに対する希望を持つのみならず、新しい天と新しい地の市民らしく生きて行かなければなりません。私たちは最後の日が近づくほど、お互いに愛と善行を施すのに励みながら集まるのに力をつくして、またさ迷っているたましいを救う事に専心全力を尽くさなければなりません。
◎聖書研究 1.千年王国とは何ですか(勉強する内容参照)? 2.白い御座のさばきと言うのはどんなさばきですか(黙示録 20:11〜15勉強する内容参照)?
1.将来神様の前に立った時、報いを受け人生を暮しているのかお互いに話して見ましょう。
2.あなたは新しい天と新しい地の民らしく生きていますか? |
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