第7課 エペソ教会とスルミナ教会
 

◎本文聖句 黙示録2111

◎関連聖歌 381章、383

◎暗証聖句 “死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう”(黙示録210

◎参照聖句 黙示録1章

◎目標 1)エペソ教会を通じて私たちの得る教訓が何なのか調べましょう。

              2)スルミナ教会を通じて苦難の時に私たちが取るべき姿勢が何なのか調べましょう。

◎勉強する内容

  ヨハネの黙示録3章と4章には初代教会当時小アジアにあった多くの教会の中、七つの教会を選んで仰せられた主の御言葉です。今日は小アジアの七つの教会の中でエペソ教会とスルミナ教会を通じて私たちにくださる主の教訓を勉強しましょう。


1.エペソ教会

 エペソは小アジアの 港湾都市として金融の中心地でした。人々は女神 ‘アルテミス’に仕え、エペソには魔術も盛んでした(参照、使徒1923~41)。それにもかかわらず、エペソ教会はパウロ、アポロ、テモテ、使徒ヨハネのような立派な牧会者たちが働いたので、教会が大きくリバイバルしました。しかし、教会が少しずつ制度化され組職化されるようになって彼らは初めの愛を忘れてしまうようになったのです。


1)キリストの姿

イエス様はエペソ教会に ‘右手に七つの星を持つ方、七つの金の燭台の間を歩く’ 姿で現われました(参照、黙示録21)。どうしてこんな姿で現われたのでしょうか?それはエペソ教会が成長しながら教会の外的な働きにだけ重点を置いた結果、いざ教会の主人であるイエス・キリストは忘れたからです。

2)ほめ言葉

イエス様は先にエペソ教会の長所をほめました。彼らは初めはイエス様中心に働きましたが、忙しすぎてイエス様を忘れるようになりました。しかし、仕事の目的がイエス様であったし、苦難 にもよく耐えました。また、御言葉の上に固く立って悪しきものを受け入れることなく、ニコラオ派のような偽預言者たちも追い出したので、ほめられたのです。

3)叱責

神様はエペソ教会が初めの愛を捨てたことをとがめました(参照、黙示録 24)。イエス様はエペソ教会が神様を熱く愛していた初めの愛を忘れてしまって組職と形だけ残ったことをとがめたのです。

4)勧勉と約束

イエス様はエペソ教会に “どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて、初めの行ないをしなさい”(黙示録 25)と勧められました。神様は “あなたたちがどこから落ちて、こんな形式主義的な信仰人になったのか?”と問われ、初めの愛を回復することを勧められました。

イエス様はエペソ教会が初めの愛を取り戻せばパラダイスをくださると約束されました。このパラダイスは醜い身が栄える身に、か弱い身が壮健な身に、肉の体が霊の体に、死ぬ身が永生の身に変わってキリストとともに永遠に生きる天の御国を意味します。また、エペソ教会が初めの愛を取り戻せば、いのちの木の実をくださると約束されました。これは神様とともに永遠に住むことができる恩寵をくださるということを意味です。

5)預言的意味

 元々 ‘エペソ’という言葉は ‘緊張感を捨てる’、‘勝手になれ’と言う意味です。このように神様に対する愛を忘れて、形と儀式だけ残ったエペソ教会を預言的に見ると AD33年から AD100年までの教会時代を示します。AD33年から始まった教会がキリストが昇天なさった後、ますます聖霊の火が消えて、初めの愛を忘れてしまうのです。エペソ教会はAD100年に至るまで完全に形だけが残ってしま ったのです。


2.スルミナ教会

スミルナはエペソから北に約 60km 離れた所に位置していて交通と商業が発達した港湾都市として偶像崇拜の中心地でもありました.


1)キリストの姿

キリストはスルミナ教会に ‘初めであり、終わりである方、死んで、また生きた’姿で現われました(参照、黙示録2:8)。この姿はスルミナ教会が将来激しい迫害を受けることを予兆しています。

2)ほめ言葉

イエス様は患難と迫害にあうスルミナ教会に “わたしは、あなたの苦しみと貧しさとを知っている。――しかしあなたは実際は富んでいる”(黙示録2:9)とほめられました。このように苦難を勝ち抜ける教会は神様にほめられます

3)叱責

患難と迫害に勝ち抜いたスルミナ教会は伝道してリバイバルしたフィラデルフィヤ教会とともに叱られませんでした。このように神様は苦難に勝ち抜いた教会とリバイバルした教会をとがめません。

4)勧勉と約束

神様はスルミナ教会に “死に至るまで忠実でありなさい”(黙示録2:10)と勧められ、そうすれば、いのちの冠を与えると約束されました。また、神様はスルミナ教会に第二の死の害を受けないことを約束されました。第一の死は肉身の死で、第二の死はたましいの死です.

5)預言的意味

スルミナ教会を教会の歴史的見解から見ると、一番困難な迫害と患難の時代を示します。元々 ‘スミルナ’と言う言葉は ‘にごった防腐剤’と言う意味ですが、防腐剤である沒薬は非常に苦いです。したがってこれはスルミナ教会がどれくらい悲惨に迫害を受けなければならないのかを意味します。聖書はスルミナ教会が十日の間苦しみを受けると言いましたが(参照、黙示録210)、これはローマの10代に至る皇帝たちが教会を恐ろしく迫害することを意味します。実際に AD33年からAD100年までの期間にはローマのネロ皇帝を含めた多くの皇帝たちが使徒たちと聖徒たちを殺して、聖書を押収して、教会を燃やしたり、キリスト教を抹殺しようとしたのです。

しかし、キリスト教は決して滅びませんでした。この患難の期間の間、教会は迫害を避けてカタコムと呼ばれる洞窟の中で 200年以上代を引き継いで信仰を守り抜きました。まさに、このような信仰の勇士たちが私たちに信仰を遺産として残したので、今日私たちは福音を聞いて救いを得るようになったのです。ですから、私たちもさまざまな試練と苦難に直面しても屈することなく、信仰の先輩たちを思い出して、最後まで勝利しなければなりません。

 

◎聖書研究

1.エペソ教会を通じて私たちが得ることができる教訓は何ですか?(勉強する内容参照)

2.患難にあう時、私たちが取らなければならない姿勢は何ですか?(勉強する内容参照)


◎交わりと適用

1.イエス・キリストを初めて信じた時の信仰と今の信仰を比べて見て、どのように変わったのかお互いに話して
  見ましょう。
2.あなたは信仰生活をしながら迫害と苦難に直面する時にどんな姿勢を取りますか?