19課 永遠な宝
 

◎本文聖句: Tコリント 13:1~13

◎関連聖歌: 542章、399

◎暗証聖句: “こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です”
                  (Tコリント
13:13

◎参照聖句: 使徒 5:13~26

◎目標 1 神様は私たちの信仰の分量とおり宝をくださることを知りましょう。

      2)永遠な宝は私たちが開発しなければならないことを知りましょう。

◎勉強する内容

 神様が私たちに下さる宝は私たちのうちにあります。私たちがこの宝をよく開発すれば、磁石に留具が付いて来るように私たちに勝利と祝福が付くようになります。今日は神様が私たちにくださる永遠な3種類の宝に対して調べてみましょう。

1.偉大なる人生と夢

 聖書は ‘幻(啓示)’、すなわち ‘夢’がない民族は滅びると記しています(参照、箴言2918)。また、‘虫の目を持った民族は亡びるが、鷲の目を持った民族は興る’と言う西洋のことわざもあります。これは心に夢のない人は明日を創造することが出来ないということを意味します。

聖書に出てくる偉大なる信仰の人物たちは、大きい夢を持った人でした。信仰の先祖アブラハムは “そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる”(創世記122)と言われた神様の約束を信じて、夢を見るようになりました。その結果、彼は大きい民族を形成され、彼の名前は偉大となり、また祝福の基としてイスラエル民族の先祖になりました。

また、モーセは‘イスラエルの民をエジプトから連れ出し、アブラハム、イサク、ヤコブに約束されたカナンに導け’と言う神様の命令を聞きました。この時から、モーセは大いなる夢を見るようになり、イスラエル民族をエジプトから連れ出す偉大なるリーダーになりました。それでは、どのようにすれば私たちが偉大なる夢を見ることが出来ますか?


一番目、神様との出会いを通じて見ることができます。
 罪の中で暮して来た私たちが、イエス・キリストを救い主としてお迎えして罪の赦しを受ければ、神様に出会う体験をするようになります。そして神様との出会いが成り立てば、神様が私たちに天国の夢を植えてくださり、心に夢が芽生えるようになるのです。


二番目、聖霊充満を受ければ、偉大なる夢を見ることができます。
 ヨエル
228節を見ると
“その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る”と記録されています。このように私たちが神様の聖霊で充満になれば、幻を見ながら夢を見るようになるのです。


三番目、神様の御言葉を通じて偉大なる夢が見られます。聖霊様によって燃える夢は、神様の御言葉を黙想すればするほど明らかになって力強く燃えるようになります。このように心に夢を持てばその夢が私たちの人生を変えます。


2.偉大なる信仰

 私たちが信仰によって生きるために主の御言葉に耳を傾けるなら、聖霊 様が私たちに信仰を贈り物として与えられます。信仰より得られた偉大なる力は、この世の中にありません。ですから、私たちがこの世を生きるときに聖霊がくださる信仰を持って進めば、私たちの運命と環境が変わります

アブラハムが100歳になって自分の体が弱くなり、サラが妊娠する体ではないことが分かっても彼の信仰は弱くなりませんでした。彼は100歳になったにもかかわらず、神様の約束を疑わないで信仰で堅固になって神様に栄光を帰しながら、主の約束を待ちました(参照、ローマ419~21)。その結果、神様の奇跡を体験してイサクを授かりました。

このように、神様の約束を疑わないで固く信頼するのが信仰です。ですから、私たちがアブラハムのように無いものをあるようにお呼びする神様の奇跡的な御業を信じる時、私たちの環境が変わるのです。 私たちが神様の奇跡的な御業を固く信じたのなら、祈らなければなりません。心に平安が生まれ、無いものが有るもののように思われ、確信に満ちるまで祈り続けなければなりません。このような信仰の段階に到逹すれば、その時から私たちの信仰は生命力を持つようになります。私たちがこのような信仰を持って大胆に実践する時、私たちの人生に偉大なるできごとが現われるようになるのです。


3.偉大なる愛

 愛は永遠な宝の中の宝です。聖書は “主は愛です”(Tヨハネ416)と記録されています。私たちの体は水と食物で成長しますが、私たちの内なる人間は愛で成長します。ですから、個人や家庭、そして共同体や国家を維持するためには愛がなければなりません。

世の中で大きい事件を起こす人を見れば、すべてではありませんが、大抵は成長過程の中で十分な愛を受けられなかった人たちです。愛の欠乏症にかかった人々は、幸せな人生を生きることが難しいです。

愛の中の基本は自分を愛することです。今日、多くの人々が心の苦い根と傷によって自分を信じることもできず、自分を尊重することも出来ず、自虐しながら生きています。それで自分を悲惨に思い、自信感を喪失したまま自分は必要もない存在であるという歪んだ自画像を持って生きている人があまりにも多いです。しかしこれは誤った生き方です。

私たちが罪を犯したにもかかわらず、汚れたにもかかわらず、捨てられるべき存在にもかかわらずキリストの十字架を通 して神様の赦しと愛を体験すれば、自分が尊い存在であることを悟るようになります。すると、私たちは自分自身を愛することができるようになります。私たちが神様に認められ、愛されている存在というのを悟って自分自身を愛すれば、私たちの生活に幸せがあふれるように湧き出ます。

このように私たちがキリストの中で私たちを正しく愛する時、初めて人を理解して同情して愛を施すことができます。ですから、自分を愛さない人は人を本当に愛することができないのです。

私たちが自分を愛して隣人に愛を施せば、私たちの人生はもっと豊かになります。すなわち、私たちがキリストの中で自分を愛して隣人を愛すれば、まことに価値のある貴重な人生を生きるようになります。聖書は “復讐してはならない。あなたの国の人々を恨んではならない。あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。わたしは主である”(レビ 1918)とおっしゃっています。神様の恩恵の中で自分を愛して隣人を愛する真の愛は、終局的に私たちの人生を一番尊くする永遠な宝であります。


◎聖書研究

1.どのようにすれば私たちが偉大なる夢を見ることが出来ますか?(勉強する内容参照)

2.私たちの一番の宝は何でしょうか?(勉強する内容参照)


◎交わりと適用

1.神様が各自にくださった宝は何であり、またそれをどのように開発しているのか、お互いに話して見ましょう。

2.あなたは自分を心から正しく愛していますか?