第7課 すべての事に幸いを得るように
 

◎本文聖句 がラテヤ 3914 
◎関連聖歌
379章、394

◎暗証聖句 “キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいま
         した。なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである。」と書いてあるからです。”
         (がラテヤ
313

◎参照聖句 Uコリント 9810 Vヨハネ 12

◎目標 1)すべての事に幸いを得る法則を調べましょう。

      2)成功的な人生を送る秘訣を勉強しましょう。
◎勉強する内容
   

 私たちがすべての事に幸いを得るためには御言葉のなかですべての事に幸いを得る法則を見つけてそれを実践しなければなりません。御言葉には祝福に対する約束がたくさんあります。ところでこの約束をながめるだけで留まる人は全ての祝福が高根の花に過ぎませんが、その約束を信じて実践する人は全ての祝福を享受することが出来るのです。今日はすべてことに幸せを得る聖書の法則を調べます。


1.神様の主権と什一献金

 アダムは神様が禁じた善悪の知識の木を食べて神様の主権を侵害した罪で呪いを受けていばらとあざみが芽生えた人生を送るようになりました。今日にも神様の主権を表すものがあります。それはイエス・キリストに関する信仰です。
今日ある人々はイエス様を信じると言いながらもキリストの乙女誕生を否認して、聖書に記録された奇跡もしるしも認めません。こういう人たちが今日神様の主権を示す善悪の知識の木を取って食べる人なのです。それでは物質世界での神様の主権を示す善悪の知識の木は何でしょうか?それは什一献金です。イスラエル の民たちは神様の主権を示す什一献金を盗んで働いて神様の主権を侵害してから神様の呪いを受けました(参照、マラキ
389)。この什一献金は神様の物ですので、什一献金を盗んで祝福を期待することは出来ません。ですから、私たちが神様の約束された祝福を受けるためには先ず、神様の物である什一献金を捧げなかったのなら、その罪を悔い改めなければなりません。そして多くても少なくても神様の物である什一献金を完全に神様に返さなければなりません。什一献金をささげることは神様の主権を認めることであり、また、神様の御言葉に従順することですので、これこそが私たちのすべてのことに祝福を得られる祝福の鍵です。


2.物質祝福の法則

 私たちがすべての点で幸いを得て祝福を受けるためには次のような信仰の法則を使わなければなりません。

一番目、蒔いて刈り取る法則です。豆を蒔いたところに豆が出て、小豆を蒔いたところに小豆が生えるように、蒔いたとおり刈り取ることは自然の法則であり、宇宙の法則です。この蒔いて刈り取る法則は霊的な法則にもそのまま適用されます(参照、カラテヤ
678)。私たちが神様の約束を信じて信仰で蒔いた時、私たちの必要なことを全て刈り取ることが出来るのです。


二番目、こだま(やまびこ)の法則です。私たちが山に上がって何も言わなければ向かいの山からも何も聞こえません。しかし、私たちが山に向かって叫ぶとエコーで山からやまびこが聞こえます。神様の祝福も同じです。聖書は
“与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです”(ルカ638)とおっしゃっています。ですから、私たちが神様と隣り人のために物質を蒔けばその物質がこだまになって 30倍、60倍、100倍になって私たちに戻るようになるのです。
 

3.すべてが不幸になる要素

 私たちが神様の祝福を受けようとすればその祝福を受けて収めることが出来る器を用意しなければなりません。その器はまさに私たち心です。ところが、私たち は心を病ませ、神様の祝福を阻む要素があります。

一番目、憎しみです。憎む心は私たちを否定的にさせ、神様の祝福の中に入ることができないようにします。私が人を憎めばその憎む思いが先に私の心から出て行くので、人を呪えばその呪いが先に私の心に宿ってから出て行きます。ですから、私が他人を憎んで呪えば私に神様の祝福が臨むことが出来なくなるのです。

二番目、怒りです。怒りは私たちの理性を麻痺させて私たちを破滅させます。聖書は
“人の怒りは、神の義を実現するものではありません”(ヤコブ120)とおっしゃっています。怒りは神様の祝福が臨む通路を阻んでしまいます。

三番目、貪欲です。貪欲は神様よりもっと愛するもの全てを言います。聖書は
“このむさぼりが、そのまま偶像礼拝なのです”(コロサイ 35
)とおっしゃっています。ですから、私たちが貪欲を持っていれば神様の祝福を受けることができないのです。
 

四番目、完全主義です。完全主義とはすべての事を完全にやりこなそうと思うのみならず、すべての人がすべて自分のようになるのを願うことを言います。この完全主義は神様の品性ではありません。ですから、私たち のすべてが幸いになるためにはこのような完全主義を捨てなければなりません。

五番目、罪責感です。罪責感とは罪を悔い改めた後にもずっと罪の思いを持つことを言います。このような罪の思いは私たちの霊肉を病むようにして、勇気と希望を奪って、神様に仕えて行くことを出来なくします。私たちがこのような罪責感を持っている限り神様の祝福を期待することができないのです。

六番目、恐れです。現代人の心には誰でも様々な恐れがあります。しかし、この恐れの感情が深くなれば身と心に疾病を起こします。聖書は
“恐れには刑罰が伴っているからです”(Tヨハネ 418)とおっしゃっています。ですから恐れは直ちに退けなければなりません。

七番目、挫折感です。人生の勝敗は私たちが失敗をした時立ち上がるのかそのまま座りこむのかによって決まります。ですから、私たちがどんな仕事に失敗したといえども気落ちせずに神様を頼ってまた立ち上がらなければなりません。そうする時神様の祝福が伴うのです。
 

4.成功的な人生のために


一番目、明らかな目標を立てなければなりません。目標を立てた人と目標を立てない人との結果は非常に違います。私たちが具体的に目標を立てて祈る時神様も明らかに働かれます。
 

二番目、燃える願いを持たなければなりません。聖書は “神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです”(ピリピ213)とおっしゃっています。ですから、私たちが成功的な人生を送るためには心に燃える願いを持たなければなりません。
 

三番目、思い描く(見つめる)法則を使わなければなりません。人間の心は思いの支配を受けます。ですからないものをあるもののようにずっと思い描けばその対象が私に近付くとか私がその対象に引かれて行く事が起こります。私たちはこの思い描く法則を使って私たちの願いを遂げることが出来ます。
 

四番目、口で告白しなければなりません。私たちが口で信仰を告白すれば、驚くべき働きが起きます。箴言6 2節を見ると “あなたの口のことばによって、あなた自身がわなにかかり、あなたの口のことばによって、捕えられたなら”と記録されています。ですから、目標を立てた後燃える願いを持ってその目標を思い描きながら一歩一歩進んで、もう成り立ったと口で告白しなければなりません。そうする時、私たちの暮らしに奇跡が起きるようになります。
 

◎聖書研究

1.物質世界での神様の主権を示す善悪の知識の木は何ですか?(勉強する内容参照)

2.私たちが成功的な人生を暮すためにはどうすれば良いでしょうか?(勉強する内容参照)


◎交わりと適用

1.すべてのことに幸いを得る法則を実践して祝福された経験をお互いに話しましょう。
2.あなたは成功的な人生を暮していますか?成功的な人生を続けるためにすべきことは何ですか?