第5課 再臨の祝福
 

◎本文聖句 使徒 1611

◎関連聖歌 163章、168

◎暗証聖句 “ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこ
         のイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります”
         (使徒
111

◎参考聖句 ヨハネ 1413 Tテサロニケ 41617 黙示録 17

◎目標 1 イエス・キリストの再臨に対する聖書的証拠を調べましょう。

      2)イエス・キリストの二つの再臨を調べて再臨を待つ信仰を持ちましょう。

◎勉強する内容

 旧約聖書は将来にメシアがいらっしゃることを預言しています。また、新約聖書もメシアがまたいらっしゃるという事実に対して重ねて強調しています。今日は再臨の福音に関して勉強しましょう。


1.イエス・キリストの再臨に対する聖書的証拠

 キリストが再臨なさる正確な日と時は誰も知りません、ただ父なる神様だけがご存知です(参照、マタイ2436 使徒17)。しかし、聖書はキリストが再臨なさる時起きるさまざまな兆しに対しては記しています。

一番目、キリストは弟子たちに再臨の時期に対する歴史的な証拠でローマの圧制の下にあったイスラエルに対しておっしゃいました。マタイの福音書
24 32節と 33節を見ると “いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。そのように、これらのことのすべてを見たら、あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい”と記録されています。ここで ‘いちじくの木’はイスラエルを示します。イスラエルはAD70年にローマのティトス将軍の攻撃を受けて風飛音散になった後、ほとんど 2千年の間国なしで 離散しましたが 1948 5 14日劇的に国を取り戻して独立しました。いちじくに象徴されたイスラエルが芽が生えて葉が出たのです。神様はこんなことが起こったら人の子が 戸口まで近づいていると知りなさいとおっしゃいました。

二番目、神様は最後の時に遅い雨聖霊をくださるとおっしゃいました(参照、使徒
21718)。早い雨聖霊は五旬節の日にマルコの屋根裏部屋に初めて注がれました。しかし、遅い雨聖霊は 1900年度に臨み始めて今までずっと注がれています。今日にも世界あちこちで聖霊の働きが起きていることは 、この時がすでに聖霊の最後の収穫の時であることを証明しています。ですから、このような兆しを見てもこの世の中の終末が近づいたことを分かります。

三番目、キリストは世の終わりについて尋ねる弟子たちに
“人に惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名のる者が大ぜい現われ、『私こそキリストだ。』と言って、多くの人を惑わすでしょう。また、戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、気をつけて、あわてないようにしなさい。これらは必ず起こることです。しかし、終わりが来たのではありません。民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震が起こります。しかし、そのようなことはみな、産みの苦しみの初めなのです”(マタイ 2448
)とおっしゃいました。今日このような兆しが明らかに現われていることを見てもイエス様が再臨なさる日が近づいたことを知ることが出来るのです。
 

2.キリストの二つの再臨

 聖書はキリストがこの世の中に二度再臨なさることをおっしゃっています。


一番目の再臨は
‘空中再臨’です。これは 7年患難が来る前にイエス様が空中に現われて聖霊の油を準備した聖徒たちを雲の中に引き上げて空中で主をお迎えさせる再臨を言います(参照、Tテサロニケ 416-18 ルカ 173435)。この時聖徒たちの身がキリストのような形に変えられ栄光から栄光に至るようになるのです(参照、Uコリント 318)。


二番目の再臨は
‘地上再臨’です。この再臨はキリストが空中再臨なさった時に引き上げられた人たちがキリストと一緒に子羊の婚姻に参加してから 7年患難が終わった後、この世にもう一度降臨することを言います。この時に ハルマゲドン戦争が起こって(参照、黙示録 191719)、獣の刻印を受けた人々と獣の像を拝む人々とを惑わしたあのにせ預言者は硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込みます(参照、黙示録 1920)。また竜(サタン)も底知らぬ所に投げ込まれるでしょう(参照、黙示録2013)。


3.クリスチャンの究極的な希望

 クリスチャンの究極的な希望は永遠な天国です。天国は新しい天と新しい地になっています(参照、黙示録 211)。ここでの新しいエルサレムはどれくらい美しいでしょうか?それは、花嫁がご主人のために飾りつけられたようであると記されています(参照、黙示録2112)。またそこには死もなく、悲しみ、叫び、苦しみがないです(参照、黙示録 214)。このような天国に、エノクは 3百年の間、神様とお供してから生きているまま入って行 きましたし(参照、創世記 524)、エリヤも一台の火の戦車と火の馬に乗ってたつまきに乗って天へ上って行きました(参照、U列王記211)。また使徒パウロは生きている時に三番目の天に導かれて行って、素晴らしい体験をしました(参照、Uコリント1214)。ですから、天国は確かに存在します。それにもかかわらず今日一部で天国を宗教的神話や象徴だけで解釈していることはまことに切ない事です。万一天国がなければ天国を待ち望んでいるクリスチャンたちこそこの世の中で一番可哀想な人々であるでしょう。しかし、天国は確かに存在するので天国を待つクリスチャンたちはまことに幸せで祝福された人々です。
 

4.私たちの姿勢

 それでは天国が確かに存在するということを確認した私たちがこの世の中をどんな姿勢で生きて行かなければならないでしょうか?

一番目、いつも目を覚まさなければなりません。何故ならば、私たちはいつイエス様が臨むかを知らないからです(参照、マタイ
2442)。油の準備ができなかった五人の娘は宴会に入ることが出来ませんでしたが、目を覚まし、油を準備した五人の娘は宴会に入って行きました(参照、マタイ25113)。ですから、私たちは常に目を覚まさなければなりません。

二番目、熱心に福音を伝えなければなりません。伝道はキリストの地上命令です。キリストは罪の中でどうすることも出来ない人類を救うために十字架の上で身を引き破かれて血を流しました。キリストの最大関心事は魂の救いにあります。ですから、私たちは時がよくても悪くてもいつでも福音を伝えるのに力をつくさなければなりません(参照、Uテモテ412)。

三番目、キリストの再臨と天国を慕って待たなければなりません。神様の恵みは慕って待つ者に与えられます。信頼の真価を確かめることは‘待つこと(忍耐)’です。そう ですから、まことに天国と再臨を信じる人ならば、神様の再臨と天国を慕って待たなければならないのです。神様は “人の子が来たとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか”(ルカ 188)とおっしゃいました。
 

◎聖書研究

1.キリストの再臨に対する聖書的証拠は何ですか?(マタイ 243233 使徒 21718 マタイ 2448
  
勉強する内容参照)

2.天国が確かに存在するということを知った私たちはこの世の中をどんな姿勢で生きて行かなければならないで
  しょうか?(勉強する内容参照)


◎交わりと適用

1.またいらっしゃるイエス様を迎えるためにどんな準備をしているのかお互いに話して見ましょう。

2.あなたは天国が確かに存在していることを信じますか?それなら今あなたがすべきことは何だと思いますか?