第11課 ヨシヤの宗教改革 (2014.9.17)

1.宮の修理と律法の書を発見したヨシヤ

8歳で即位したヨシヤは、父や祖父の悪政よりは先祖ダビデ王を見習って、主の目にかなうことを行いました。(Ⅱ列22:2)Ⅱ列王記23章25節には、「ヨシヤのように心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くしてモーセのすべての律法に従って、主に立ち返った王は、彼の先にはいなかった。彼の後にも彼のような者は、ひとりも起こらなかった」と記されています。このようにヨシヤは、イスラエルの歴代王たちの中で最高の賛辞を受ける、わずかな王たちの中の一人として評価されています。ヨシヤは、若い年で即位しましたが、果敢に改革を通して主の信仰を回復させ、ユダに安定と繁栄をもたらせました。彼は即位して12年目の20歳の時、ユダとエルサレムをきよめるために、高き所とアシェラ像と偶像を取り除きました。(Ⅱ歴34:3)統治18年になる年には、宮の補修工事をしました。シャファンとマアセヤ、ヨアフは宮を修理するようにというヨシヤの命令を受けて、レビ人がイスラエル人と全ユダから献金を集め、祭司ヒルキヤに与えました。ヒルキヤは、そのお金を働き人に与えて宮を修理するようにしました。宮を修理している途中に律法の書が発見され、書記シャファンは発見した律法の書をヨシヤに聞かせました。ヨシヤは律法の書のことばを聞くと、衣を裂きました。(Ⅱ列22:10~11)彼は神様の御言葉の前で、自分とユダの状態を悟りました。ユダの中で広がっている罪が、自分が思っている以上に深刻であることを知りました。神様の御言葉に照らし合わせて見ると、ユダは神様の御前に滅びるしかない状況でした。「行って、見つかった書物のことばについて、私のため、イスラエルとユダの残りの者のために、主のみこころを求めなさい。私たちの先祖が、主のことばを守らず、すべてこの書にしるされているとおりに行わなかったため、私たちの上に注がれた主の憤りは激しいから」(Ⅱ歴34:21)ヨシヤは悔い改めと同時に、神様の御心が何か、どうするべきかを尋ねるために女預言者フルダの元に人を遣わしました。神様は、フルダを通して二つの答えの御言葉を与えられました。一つ目は、ヨシヤが聞いた律法の書の御言葉通りに神様を捨てて、偶像崇拝をしたユダと民は滅ぼされるということ、二つ目は神様の御前で衣を裂き、激しく泣いて悔い改めたヨシヤは、滅びの災いに直面しないということです。ヨシヤは神様の預言の御言葉を聞いた後に、エルサレムとユダの長老たちを呼び集めました。そして、全ての民に対して宮で発見した律法の書を読んだ後に、彼は主の御前で契約を立てました。「それから、王は柱のわきに立ち、主の前に契約を結び、主に従って歩み、心を尽くし、精神を尽くして、主の命令と、あかしと、おきてを守り、この書物にしるされているこの契約のことばを実行することを誓った。民もみな、この契約に加わった」(Ⅱ列23:3)歴代の王たちと民の罪によってユダが滅びるということを、ヨシヤは認めて受け入れました。しかし、現実の状況に、ぼんやりと見ているだけではありませんでした。彼は、神様の御言葉と御心通りに生きるために最善を尽くしました。また、指導者の権威を持って、民も神様の御言葉に従順する人生を生きるように指導しました。「民もみな、この契約に加わった」(Ⅱ列23:3)

2.宗教改革を行ったヨシヤ

契約を結んだヨシヤは、主・神様に捧げる礼拝を徹底して行うために異邦提議に該当する全てのことを取り除きました。「それから、王は大祭司ヒルキヤと次席祭司たち、および、入り口を守る者たちに命じて、バアルやアシェラや天の万象のために作られた器物をことごとく主の本堂から運び出させ、エルサレムの郊外、キデロンの野でそれを焼き、その灰をべテルへ持って行った」(Ⅱ列23:4)エルサレムの宮には多くの部屋がありましたが、そこに各種の偶像を置き、その偶像に礼拝を捧げることが成されていました。ヨシヤは、その偶像を破壊して、燃やし、その灰を偶像崇拝者たちの墓にまきました。ヨシヤは、歴代の王たちが立てた高き所や偶像だけでなく、偶像に仕えるようにさせた祭司たちまでも取り除きました。(Ⅱ列 23:5)誤った指導者たちによって偶像崇拝が絶えず、続けて成されていたからです。そして、南ユダだけでなく、アッシリヤの統治下にあった北イスラエル領土まで宗教改革を断行しました。べテルにある北イスラエルの祭壇と高き所まで壊す大々的な改革を行いました。「なお彼は、べテルにある祭壇と、イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤロブアムの造った高き所、すなわち、その祭壇も高き所もこわした。それは町のつかさヨシヤの門の入り口にあり、町の門に入る人の左側にあった」(Ⅱ列23:15)また、ヨシヤは、契約の書に記されている通りに、過越のいけにえを守りました。「王は民全体に命じて言った。『この契約の書にしるされているとおりに、あなたがたの神、主に、過越のいけにえをささげなさい。』事実、さばきつかさたちがイスラエルをさばいた時代からこのかた、イスラエルの王たちとユダの王たちのどの時代にも、このような過越のいけにえをささげられたことはなかった」(Ⅱ列23:21~22)ヒゼキヤが第二の月として誤って知っていた過越のいけにえを(Ⅱ歴30:2)、第一の月の14日に正しく守ったのでした。(Ⅱ歴35:1)また、過越のいけにえをユダだけの祭りではなく、イスラエルの群集と共に守ることで、ユダと北イスラエル全ての祭りとして発展させました。(Ⅱ歴35:18)

3.偉大な王ヨシヤ

ヨシヤは、悪を犯し、家来たちによって死んだ父アモンに続いて王になりました。南ユダは、アモン以前にも55年間悪を行った王マナセの統治を受けました。それほど南ユダの情勢は不安定で、宗教的には偶像崇拝が蔓延し、民は疲弊していました。8歳で即位したヨシヤは、このような状況で南ユダの希望となったのでしょうか? 全てが不安定な時に予想を破って、ヨシヤは南ユダの偉大な指導者になりました。ヨシヤ一人の働きによって、南ユダは新しくなりました。偶像で汚れていた宮も新しくなり、神様の御言葉によって民も新しくなり、全ての国が新しくなりました。ヨシヤは、幼くても神様を求める人だったからです。「彼の治世の第八年に、彼はまだ若かったが、その先祖ダビデの神に求め始め」(Ⅱ歴34:3)ヨシヤは、幼い時から神様を求めました。ここで、『求める』とはヘブル語『ダラシュ』で『神様を求める、相談する、熱心に知ろうと努力する』という意味です。すなわち、ヨシヤは幼い時から神様を探して、求めて、神様の御心を知るために力を尽くしました。このようなヨシヤの正しい信仰によって、南ユダはきよめられて民は聖なる生活を歩むことができました。一人の聖なる指導者を通して国が変わり、一つの時代が変わりました。また、ヨシヤは律法の書に耳を傾けて、御言葉に照らし合わせて、過ちを悔い改めて、御言葉にふさわしい改革を推進することで、自ら民の見本になりました。ヨシヤが率先して神様の御言葉に従順し、忠誠に行ったことよって天の門が開かれ、神様の恵みと祝福が民に注がれるようになりました。ですから、私たちもヨシヤのような指導者を与えられるように、神様に祈らなければなりません。また、私たちがヨシヤのような人として用いられるように祈らなければなりません。ヨシヤの偉大さをもっと知ることができるのは、南ユダが神様の裁きによって滅びの道を歩むようになったにもかかわらず、彼はあきらめず絶望しなかった点です。彼は自分ができる最善を尽くすことによって、自分の時代だけは民が神様の御心にふさわしく歩めるようにしました。彼は、神様が自分を王として立てた使命があると信じました。そして、その使命を全うするために、心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、神様の御心を行いました。「ヨシヤのように心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くしてモーセのすべての律法に従って、主に立ち返った王は、彼の先にはいなかった。彼の後にも彼のような者は、一人も起こらなかった」(Ⅱ列23:25)絶望的な状況の中でも絶望せず、神様の御前に自分の使命を全うしたヨシヤによって、南ユダは全ての面で改革に成功して、第2のリバイバルを迎えました。ヨシヤがメギドでエジプトの王ネコにさえぎられ、若くして死んだことは残念ですが、それもまた神様の御心が成し遂げられたものでした。「見よ。わたしは、あなたを先祖たちのもとに集めよう。あなたは安らかに自分の墓に集められる。それで、あなたは自分の目で、わたしがこの場所とその住民にもたらすすべてのわざわいを見ることがない。彼らはそれを王に報告した」(Ⅱ歴34:28)ですから、私たちは絶望的で落ち込む状況であっても、その中で挫折し、つぶやいてはいけません。暗く、真っ暗な環境の中でも、主の御前で私たちが当然全うするべきことに全ての力を尽くせば、神様は私たちを通して偉大な事を成し遂げられます。

◎聖書研究
1.ユダの第16代の王として主の目にかなう事を行い、宗教改革を断行した王は誰ですか?(勉強する内容)
2.ヨシヤの業績の中で最も注目に値する業績は、何ですか?(勉強する内容)

◎交わりと適用
1.ヨシヤは、シャファンが読んだ律法の書のことばを聞くと、すぐに彼の衣を裂きました。(Ⅱ列22:10~11)今日、分かち合った神様の御言葉を通して、各自が悟って決断したことをお互いに話して見ましょう。
2.あなたが、神様の御前に断固として改革するべきことは、何ですか?