第9課 ヒゼキヤの涙の祈り (2014.9.3)

1.死の宣告を受けたヒゼキヤ

ヒゼキヤは、25歳に王位に着き、29年間南ユダを統治しました。彼は即位すると、最初に父アハズ王が偶像に仕えていたことに対して着手しました。彼は主の宮の門を開け、偶像に仕える道具を燃やしました。宮をきよめて、規定に合わせて宮を復興しました。過越の祭りを守るために、南ユダだけではなく、北イスラエルの民まで参席するようにしました。ヒゼキヤの改革によって、全てのイスラエルは政治的、宗教的に安定を取り戻しました。聖書は、このようなヒゼキヤについて、ダビデと同じ良い評価を下しています。(Ⅱ歴29:2,32:33)しかし、ヒゼキヤは統治の晩年、死ぬ病気にかかってしまいます。その時、預言者イザヤはヒゼキヤを訪れて、「あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。直らない」という神様の御言葉を伝えました。(Ⅱ列20:1)自分が死ぬことを知ると、ヒゼキヤは顔を壁に向けて神様に祈りました。「ああ、主よ。どうか思い出してください。私が、まことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたがよいと見られることを行ってきたことを。」こうして、ヒゼキヤは大声で泣いた。(Ⅱ列20:3)では、ヒゼキヤが神様に捧げた祈りは、どのような祈りでしょうか。
一番目、どんな状況でも落ち込まない祈りでした。ヒゼキヤは、預言者イザヤを通して死の宣告を受けると、すぐに神様に祈りました。ヒゼキヤは、言葉にできない大きな困難の中でも、落ち込まないで神様に進み、祈りました。神様が『あなたは死ぬ。直らない』と示された御言葉は、祈ってはならないという意味ではありませんでした。生きるためには、人間的なあらゆる方法を用いても何の意味もない、という御言葉でした。全ての預言者の重要な任務は、自分の民のために神様に進み、祈ることでした。ヒゼキヤは、預言者イザヤの『あなたは死ぬ。直らない』という言葉が、祈ってはいけないという意味ではないことを肯定的に受け止め、落ち込まないで神様に祈りました。
二番目、ヒゼキヤはただ神様だけ頼って涙で叫び、切に求めました。ヒゼキヤは、顔を壁に向けて祈りましたが、これは世の全ての方法を放棄して、神様だけを頼るという態度です。ヒゼキヤは死ぬ病気にかかると、人間の全ての生死を主観される方は神様であることを悟り、神様だけ頼るようになりました。(イザヤ38:16)彼は人を頼らず、王の面目も捨てて、神様の御前に涙で祈りました。すると、神様は彼の祈りに答えられました。(Ⅱ列20:5)このように、ヒゼキヤは誰にも頼らないで、神様だけが解決できるという信仰を持って、涙で嘆き祈りました。ですから、私たちも困難にぶつかる時、ヒゼキヤのように全て人間的な手段と方法を捨て、神様だけ頼って叫び、切に求めなければなりません。
三番目、ヒゼキヤは自分の過去の行いを思い出すように願いながら祈りました。「どうか思い出してください。私が、まことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたがよいと見られることを行ってきたことを。」(Ⅱ列20:3)これは、自分の過去の行いに対する補償の次元で助けるように祈ったのではありません。私たちが成した全ての成果は、神様が許されて神様が助けられたから可能であり、人間が誇ることではありません。ヒゼキヤの祈りは、ただ神様の御心通りに生きようと力を尽くした自分に、慈しみを施して下さい、という謙遜な心の表現でした。神様は、このようなヒゼキヤの祈りに答えられて病気を癒して下さるだけではなく、15年も長生きするようにされました。

2.ヒゼキヤの高ぶりと悔い改め

神様はヒゼキヤの涙の祈りを聞かれて、「わたしはあなたをいやす。三日目には、あなたは主の宮に上る。わたしは、あなたの寿命にもう十五年を加えよう。」(Ⅱ列20:5∼6)と答えられました。すると、ヒゼキヤは「主が私をいやしてくださり、私が三日目に主の宮に上れるしるしは何ですか。」(Ⅱ列20:8)と尋ねました。神様は、約束に対するしるしとして、アハズの日時計におりた日時計の影を十度あとに戻されました。(Ⅱ列20:11)これは、ヨシュアが祈り、日が動かず、月が止まった出来事と似た奇跡です。(ヨシュア10:13)このように、神様はヒゼキヤの病気を癒して下さるだけでなく、命も延ばされ、それに対するしるしも見せられ、ヒゼキヤの切なる祈りに答えられました。ヒゼキヤが病気にかかって奇跡的に癒されたという噂は、隣国に広がりました。
この時、バビロン王メロダク・バルアダンもこの知らせを聞いて、手紙と贈り物と一緒にヒゼキヤに使者を遣わしました。しかし、本音は新しい勢力を握っていたバビロンが反アッシリヤ同盟を確保しようと、南ユダに使者を遣わしたのです。ヒゼキヤは、バビロンの使者の訪問を、内心では歓迎しました。アッシリヤの侵略の脅かしに苦しめられていたヒゼキヤも、バビロンとの同盟を願ったからでした。そして、ヒゼキヤは南ユダが対等な同盟相手であることを知らせようと、自分の富と武器を見せました。しかし、ヒゼキヤが見せた行動は、彼の高ぶりから始まったものでした。神様は、バビロンの使者を通してヒゼキヤを試みられたのです。(Ⅱ歴32:31)ヒゼキヤは、この全てのことが神様の恵みと力によって成し遂げられたと宣言するべきでした。神様を賛美し、神様だけに栄光を捧げるべきでした。しかし、神様に全ての栄光を捧げる代わりに、かえって自分が持っている力と富を誇りました。聖書は、このようなヒゼキヤについて、心が高ぶり、恵みに従って報いようとしなかったと記されています。(Ⅱ歴32:25)すると、神様は彼らが同盟を結ぼうとしていた時に、バビロンによって南ユダを滅ぼし、ヒゼキヤが誇っていた財宝は一つも残さずバビロンに取られ、ヒゼキヤの息子はバビロンの捕虜として捕らえられ、宦官になるだろうという裁きの御言葉を宣言されました。(Ⅱ列20:17∼18)
神様の裁きの御言葉を聞いたヒゼキヤは、すぐに心の高ぶりを後悔しました。彼に従っていた民も神様に悔い改めると、神様はヒゼキヤの時代には裁きが臨まない恵みを施されました。(Ⅱ歴32:26)ヒゼキヤは、神様の恵みによって病気が癒され、15年も長く生きましたが、新しく得た15年間は多くの出来事がありました。その中には、ユダを侵攻したアッシリヤから勝利した事件のように良い出来事もありましたが、(Ⅱ歴32:1∼23)バビロンの使者たちにあらゆる財宝を見せたことで、ヒゼキヤと南ユダは神様から裁きを受けるようになり、晩年には息子マナセを得ましたが、彼が南ユダの歴史上、最も悪い王として国を滅びに導いた張本人になる不幸な出来事もありました。
ヒゼキヤが神様から病気を癒されて、命を延ばされたことは明らかに神様の大きな恵みと祝福でした。しかし、祝福を受けることだけが全てではないという事実を、ヒゼキヤがおまけとして生きた15年の人生で詳しく見ることができました。長生きすることが重要ではなく、どのように生きるのかがもっと重要なのです。ですから、私たちは信仰を持って神様の恵みと祝福を求める人になると同時に、与えられた恵みにふさわしい人生を生きているのかを見つめ直す主の子供にならなければなりません。

◎聖書研究
1.ヒゼキヤは死ぬ病気にかかると、神様にどのような祈りを捧げましたか?(勉強する内容)
2.ヒゼキヤは神様に祈り、死ぬ病気から癒されただけでなく、寿命を何年延ばされましたか?(Ⅱ列20:6)

◎交わりと適用
1.困難にぶつかった時、神様に涙で祈り、答えられた境遇をお互いに話してみましょう。
2.神様から受けた祝福を見つめ直し、その祝福をうまく使っているのかを詳しく探りましょう。