第5課 エフーの革命 (2014.8.6)

1.王として選ばれたエフー

神様はアハブ王朝を裁かれるために、イスラエルの軍隊であるエフーをイスラエルの王と立てると、預言者エリヤにおっしゃられました。(Ⅰ列19:16)そして、預言者エリシャの時に、エフーをイスラエルの王として立てられました。(Ⅱ列9:1~10)アハブ王朝に神様の裁きが預言者エリシャの時まで延ばされた理由は、アハブが預言者エリシャの警告を聞いて一時的でも改めたからです。(Ⅰ列 21:21~29)しかし、アハブ王朝の罪がこれ以上耐えられないほど満ちると、神様はエフーを通して裁かれました。エフーが王になったことは、全的に神様の計画の中で成し遂げられました。エフーは、アハブ王朝を裁く神様の道具として使用されました。アハブによってイスラエルに悪が満ちる時、人々は神様が彼らを守られず、沈黙されたという考えをしました。しかし、神様はイスラエルの民が立ち返ることを長く忍耐して待たれ、ついには立ち返らない彼らを裁かれようとエフーを準備しておられました。このように、世の中は偶然には成し遂げられません。神様の主権的な統治下に動かされています。ですから、私たちは今起こることを理解できなくても、忍耐して信仰を守らなければなりません。時になれば、神様の御心が成し遂げられるからです。

2.革命を起こしたエフー

神様の特別な節理で王位に着いたエフーは、預言者エリシャの言葉通りに偶像崇拝をしたアハブ王朝を滅ぼし始めました。エフーは、貴族たち、すなわち長老とアハブの何人かの息子を教育する人々に手紙を書いて送りました。(Ⅱ列10:1)『そこで、エフーは再び彼らに手紙を書いてこう言った。もしあなたがたが私に味方し、私の命令に従うなら、あなたがたの主君の子どもたちの首を取り、あすの今ごろ、イズレエルの私のもとに 持って来い。」そのころ、王の子どもたち七十人は、彼らを養育していた町のおもだった人たちのもとにいた。』(Ⅱ列10:6)すると、エフーの手紙を受けた人々がとても恐れて、王子70人を捕まえて殺し、彼らの首をいくつかのかごに入れ、エフーに送りました。(Ⅱ列10:7)こうして、アハブの男の子孫たちは全て殺されました。アハブは、当時70人の子供たちに良い教育をさせました。(Ⅱ列10:1)そうしてこそ、人生で成功できると考えたからです。
しかし、アハブの子供たちはすばらしい教育は受けましたが、それを発揮できる機会すら得られないまま滅んでしまいました。アハブと子供たちが追及して信じていた教育は、彼らを守れませんでした。どんなに良い教育を受けるといっても、それは私たちを命の道に導きません。ただ、神様の一方だけが私たちの真の助けと力と救いになられます。したがって、神様の中で真の信仰と正しい信仰を持つことが何よりも重要であり、その時、神様の保護と導きの中で祝福された人生を受けることができます。エフーは、さらにはサマリヤに残っているアハズヤ王の兄弟たち42人まで全て殺しました。(Ⅱ列 10:12~14)北イスラエルのアハブ王家と同盟を結んでいたユダのアハズヤ王家は不意に殺されました。南ユダは、北イスラエルに比べて、経済、軍事、全ての面で勢力が弱かったのです。南ユダは、これを克服すると、北イスラエルと同盟を結びました。政治的同盟を結んだ南ユダは、生活がもう少し良くなったかもしれませんが、北イスラエルのように堕落の道を歩むようになりました。(Ⅱ列8:27)そして、アハブ王朝が裁かれる時、南ユダもその影響の下に置かれました。南ユダが他の国々に比べて軍力が弱くても神様だけを信頼して頼ったならば、このような惨劇は遭わなかったでしょう。Ⅰヨハネ2章16節から17節には「すべての世にあるもの, すなわち,肉の欲,目の欲,暮らし向きの自慢などは,御父から出たものではなく,この世から出たものだからです。世と世の欲は滅び去ります。しかし,神のみこころを行なう者は,いつまでもながらえます。」と記されています。人々の追及は、富と財産と知識と地位のような世にある全てのものは消え去ります。ただ、神様の御心に従う人だけが神の国に永遠に住まいます。ですから、私たちは世のはかないものを追及して愛するよりも、神様の御心に従って行うのに関心を持たなければなりません。しかし、エフーの革命は神様の命令でもう一歩進んだように見えます。大きく見れば、アハズヤもアハブの家と関連がありますが、(Ⅱ列8:27)アハズヤやアハズヤの兄弟たちまでも殺したのは、神様のための熱心を超えて(Ⅱ列10:16)政権を掴んで維持しようとする個人的な欲も作用したのです。(ホセア1:4~5)エフーが王として着いた後に神様の律法を守って行わないで、ヤロブアムの罪から離れないことがその事実を論証します。再びエフーは、「アハブは、バアルに少し仕えたが、エフーはたくさん仕えた」と言って、バアル崇拝者たちを呼び集めました。エフーはバアル崇拝者たちを滅ぼすために悪巧みを図ったのです。バアルの宮に集まった崇拝者たちは、近衛兵と信徒たちによって殺され、バアルの宮は公衆便所となりました。(Ⅱ列10:18~27)バアルは、イザベルとアハブ、北イスラエルの民にとって、どの様な意味があったのでしょうか?イザベルはバアル崇拝者たちを通して、イスラエルを支配しようとしていました。アハブは、自分の権力と名誉のために仕えました。イスラエルの民は、豊かな生活のために、富の神だったバアルを礼拝しました。しかし、彼らがそのように追及して献身して頼っていたバアルは、何でもありませんでした。無価値な偶像にしかすぎません。聖書には、私たちが礼拝して信じて頼るべき方は、ただ神様しかいないと記されています。

3.エフーに対する評価

エフーの改革に対して聖書は2つの評価を下しています。神様は、エフーがイスラエルの中でアハブの家を滅ぼすことに対しては、きちんと行ったと記されています。Ⅱ列10章30節は、『主はエフーに仰せられた。「あなたはわたしの見る目にかなったことをよくやり遂げ,アハブの家に対してわたしが心に定めたことをことごとく 行なったので,あなたの子孫は四代目まで,イスラエルの王座に着こう。」』と褒めました。そして、北イスラエルの歴史上最も長い間、エフー王朝外事されるようになったと約束されました。しかし、エフーは否定的な評価も受けました。Ⅱ列10章29節は、「ただし,エフーは,イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤロブアムの罪,すなわち,ベテルとダンにあった 金の子牛に 仕えることをやめようとはしなかった。」と記されており、Ⅱ列10章31節では、「しかし,エフーは,心を尽くしてイスラエルの神,主の律法に步もうと心がけず,イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪から離れなかった。」と記されています。エフーは、ヤロブアムがダンとべテルに作っておいた金の子牛を取り除きませんでした。おそらく、ヤロブアムのような理由、すなわち北イスラエルの人々がエルサレムで主・神様を礼拝しに行くならば、いつかは人々が南ユダに帰ることを心配するでしょう。彼は、金の子牛を取り除くことが自分の政権維持を脅かすと考えると、徹底して神様から反対を向きました。このように、エフーは 神様の命令と御心を完全に従わないで、自分の楽な通りに信じて行いました。もし、彼が徹底して神様の御心に従って改革を行っていれば、イスラエルの民は正しい信仰を持つようになり、彼の王権はもっと長く維持されていたでしょう。
しかし、ついにエフーは神様に帰りませんでした。すると、神様はアラムの王ハザエルを通してエフーを戒めました。(Ⅱ列10:31~33)エフーは、アラム王ハザエルの攻撃を受けて、ヨルダン川の東側を全て奪われてしまいました。ヨルダン川の東側の王の大道は、古代から南北交易として非常に重要な道でした。王の大道は、地理的に北ダマスコから南エジプトに続く道路が連結されていて、主に隊商たちが利用していた重要な貿易路でした。ここを占めていた国々は、通行税を通して強い富を蓄積できました。このように、重要な地を始めとして北イスラエルの多くの領土がハザエルの手に陥りました。ここで、私たちは人間の浅い知恵が今すぐは自分の益になるようですが、神様を正しく信じて神様の御心を行う人が受ける祝福とは比較できないということを知るようになります。エフーは、非常に強力な指導力で革命を起こしましたが、神様を自分の思い通りに信じて従ったので、彼の労苦と業績は、瞬く間に消えてしまいました。ですから、今すぐは目の前に見える益のために、神様の御心に背いてはいけません。人間的に損害があっても、神様の御言葉と御心に完全に従えば、いつかは必ず神様の御心が成し遂げられ、神様の恵みと祝福が私たちに臨みます。

◎聖書研究
1.アハブ王家を裁くために、神様が油を注いで立てた北イスラエルの王は誰ですか?(Ⅰ列19:16;Ⅱ列9:1-3;勉強する内容)
2.エフーが神様の罰を受けるようになった理由は、何ですか?(Ⅱ列10:31)

◎交わりと適用
1.エフーの人生を通して学んだ教訓を、お互いに話してみましょう。
2.今、人間的に損害があっても、神様の御心に従順していることは何ですか? あるならば、何ですか? 究極的に神様の御心が成し遂げられ、全てのことが働いて益となることを信じる人になりましょう。