第3課 アサの初めの信仰と後の信仰 (2014.7.23)

1.アサの初めの信仰

南ユダの第3代王位に着いたアサは、41年間、国を治めました。アサに対する評価を聖書は、次のように下しています。 「アサは父ダビデのように、主の目にかなうことを行なった」(Ⅰ列15:11)これは、アサの統治前半期に対する評価でした。彼は異教の祭壇と高き所をなくし、石の柱を打ち壊し、アシェラ像を切り倒しました。また、彼は民に命じて、神様・主を求めて、律法と命令を行うように言いました。(Ⅱ歴14:1~8)イスラエルは、地政学的に強大国たちの間に位置していて、常に戦争の渦に巻き込まれたりしました。しかし、アサが神様に頼り、神様の御言葉通り行うと、国が平安になったのです。このように、平安は私が強い時に得るものではなく、神様に従順する時に享受できるのです。「私たちが私たちの神、主を求めたからである。私たちが求めたところ、神は、周囲の者から守って私たちに安息を下さった。こうして、彼らは建設し、繁栄した」(Ⅱ歴14:7)平安は神様に願い、求めて、従順する時に与えられますが、一方で、人ができる最善は尽くさなければなりません。祝福が漏れ出ていかないように怠ったり、怠惰になってはならず、勤勉で自ら祝福を受けられるくらいの器として準備しなければなりません。そうすれば、神様が与えられる祝福と平安を享受することができます。後に、南ユダは大きな患難に直面するようになりました。クシュ人ゼラフが百万の軍勢と三百台の戦車を率いて、ユダに攻めに来たのです。これに対して、アサは軍隊を率いて、敵軍に向かい戦おうと行きましたが、勝利できる可能性は見えませんでした。すると、彼は戦略を立てる代わりに神様に叫びました。アサは、権勢と力、戦争での勝利は主から来るということを知っていたからです。「主よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。私たちの神、主よ。私たちを助けてください。私たちはあなたに拠り頼み、御名によってこの大軍に当たります。主よ。あなたは私たちの神です。人間にすぎない者に、あなたに並ぶようなことはできないようにしてください」(Ⅱ歴14:11)アサの叫びは、この戦争がアサとクシュ人の戦争ではなく、主・神様とクシュ人の戦争になりました。「主はアサの前とユダの前に、クシュ人を打ち破られたので、クシュ人は逃げ去った」(Ⅱ歴14:12)神様は、ユダの軍隊が完全に勝利するように助けられました。そして、戦争で勝利して帰って来たアサに、預言者アザルヤを通して語られました。「あなたがたが主とともにいる間は、主はあなたがたとともにおられます。もし、あなたがたがこの方を求めるなら、あなたがたにご自身を示してくださいます。もし、あなたがたがこの方を捨て去るなら、この方はあなたがたを捨ててしまわれます。長年の間、イスラエルにはまことの神なく、教師となる祭司もなく、律法もありませんでした。しかし、その悩みのときに、彼らがイスラエルの神、主に立ち返り、この方を尋ね求めたところ、彼らにご自身を示してくださいました。この時期には、出て行く者にも、はいって来る者にも平安がありませんでした。国々に住むすべての人々に大きな恐慌があったからです。そして彼らは、民は民に、町は町に相逆らい、共に打ち砕かれてしまいました。神があらゆる苦しみをもって、彼らをかき乱されたからです。しかし、あなたがたこそ強くあってほしいのです。力を落としてはなりません。あなたがたのど働きには報いが伴っているからです」(Ⅱ歴15:2~7)神様は、もう一度、アサに改革を勧めています。そして、改革において何よりも重要なことが、真の原理であることを語られています。「あなたがたが主とともにいる間は、主はあなたがたとともにおられます。もし、あなたがたがこの方を求めるなら、あなたがたにご自身を示してくださいます。もし、あなたがたがこの方を捨て去るなら、この方はあなたがたを捨ててしまわれます」(Ⅱ歴15:2)すなわち、真の改革は神様との親密な交わりから始まるのであり、神様だけ信頼することを強調しています。アサはアザルヤの言葉を聞いて、力を得て、さらに徹底した改革を行いました。彼は、自分の母マアカがアシェラの像を作ると、王母の位から退けました。(Ⅱ歴15:16)また、心を尽くして、命を尽くして、先祖たちの神様・主を求めると契約して、イスラエルの神様・主を求めない者は、小さい者も大きい者も男も女も殺すと主に誓いました。(Ⅱ歴15:12~14)このように、アサを初めとし、ユダの全民が心を尽くして、命を尽くして、主を求めると、主も彼らに出会って下さり、彼らの周囲の者から守って安息を与えられました。(Ⅱ歴15:15)

2.アサの後の信仰

統治後半期であるアサ王の36年に、北イスラエル王バシャが南ユダを攻めに来ました。(Ⅱ歴16:1)バシャは、人々がアサに出入りできないようにラマを要塞化しました。すると、アサは神様に頼むよりは、アラムの王ベン・ハダデにエルサレムと王宮の宝を差し出し、北イスラエルを攻撃するように言いました。この時、アラムの王ベン・ハダデはバシャとの同盟を破棄して、北イスラエルの町を打ちました。この機会を利用して、アサはラマを奪い、建築していた石と材木でゲバとミツパを建設しました。(Ⅱ歴16:2~6)アサは、国が強くなり、平安を享受するようになると、神様に頼らないようになりました。彼は、富と名誉と権力を得るようになると、初めの信仰を捨てました。神様に頼るよりは、人間的な手段と方法を追及しました。神様は、アサのこのような行動を予見者ハナニを通して咎められ、叱責されました。「あのクシュ人とルブ人は大軍勢ではなかったでしょうか。戦車と騎兵は非常におびただしかったではありませんか。しかし、あなたが主に拠り頼んだとき、主は彼らをあなたの手に渡されたのです。主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。あなたは、このことについて愚かなことをしました。今から、あなたは数々の戦いに巻き込まれます。」(Ⅱ歴16:8~9)神様が願われる人は、心から神様に向かう人、神様の御心通りに生きようと努力する人です。神様は、人間的に弱くて、足りなくても、神様を求める人を通して働かれます。神様は、彼らを通して力を現され、神様の御心を成して行かれます。ですから、神様はアサを叱責されて、帰って来るように勧められたのです。しかし、アサはついに神様の元に帰って来ませんでした。かえって、道を踏み外しました。彼は、忠告をした予見者ハナニに足かせをかけ、民の内にある者を踏みにじりました。(Ⅱ歴16:10)アサが心から神様を求めて、頼る時には神様がユダに平和を与えられましたが、彼が神様を捨てると、結局ユダは戦争に巻き込まれるようになりました。神様を捨てた人生には、神様の平安は臨みません。神様は、かたくな者を憎まれます。罪を犯して、神様の叱責を受ける時、すぐに悔い改めて、立ち返れば、神様は赦され、再び回復されます。しかし、神様に立ち返らなければ、神様の裁きを受けます。アサの過ちは、神様よりアラムをもっと頼ったことでしたが、さらに大きな過ちは、アサが神様の叱責の御言葉を聞いても、立ち返らなかったことです。アサは、最後まで神様に頼りませんでした。彼が王になって39年に彼の両足が病気になりました。それでも、彼は主を求めないで、医者を求めました。彼は、死を目前にしても、神様を求めて、探しませんでした。その結果、彼は発病して2年後に死にました。(Ⅱ歴16:12~13)アサは、初めは神様を信頼し、宗教改革を行い、民を神様の元に導いた善良な王でした。しかし、執権後半期には初めの信仰を失い、最後まで悔い改めない態度で死を迎えるようになりました。ですから、私たちはアサのように御霊で始まり、肉で終わることのないようにしなければなりません。最後まで神様を愛して、従順しなければなりません。神様の人は、信仰的熱心と純粋さを失ってはいけないのです。困難に遭う時はもちろん、平安な時にもいつも神様を求めて、頼らなければなりません。私たちがイエス様の御前に立つその日まで、信仰に固く立って、勇敢に戦わなければなりません。そのためには、私たちはいつも目を覚まさなければなりません。私の力と熱心では、すぐに倒れてしまいます。聖霊様に全てのことを頼り、神様が与えられる力によって進む時、私たちは最後まで戦うことができます。神様の助けを日々、求めて、聖霊様の力によって勝利する私たちにならなければなりません。

◎聖書研究
1.クシュ人ゼラフが百万の軍勢と三百台の戦車を率いて、ユダに攻めに来た時、アサは神様にどのように祈りましたか?(Ⅱ歴14:11;勉強する内容)
2.初めには、偉大な信仰を所有していたアサが後には、その信仰を捨てた理由は何ですか?(勉強する内容)

◎交わりと適用
1.私たちの初めの信仰と現在の信仰について、お互いに話してみましょう。
2.あなたは困難に遭った時だけでなく、栄える時にも変わらず、神様を求めていますか?