聖めの儀式 (2016.6.8)

1.きよい動物と汚がれた動物

神様は、イスラエルの民が食べられる動物を制限されました。肉類、魚類、鳥類、昆虫に至るまで具体的な基準を提示しながら、きよい動物と汚がれた動物を分けられました。
現代人の目で見ると、神様が食物まで区別されることはやりすぎだ、と考えるかもしれません。そのため、イスラエルの民が聖別された民となったことで、神様はその理由を説明されました。レビ記11章45節には『わたしは、あなたがたの神となるために、あなたがたをエジプトの地から導き出した主であるから。あなたがたは聖なる者となりなさい。わたしが聖であるから』と記されています。イスラエルの民は、食物に対しても、すべてにおいても、みだらな暮らしをしてはいけない存在になりました。神様は、ご自身の民がきよさを守るために、彼らの暮らしで最も基本である食物から、神様の御心に従順することを命令されます。
イエス・キリストを信じて神様の子供になった人は、この世と区別された暮らしを送らなければなりません。この世は、私たちが望むなら何でもしてもよい、と誘惑します。しかし、それが最初は簡単ですばらしく見えますが、神様の基準を無視して自分の考えで生きる暮らしは、真の幸せではありません。神様の基準は私たちを閉じ込めるものではなく、私たちを罪から守る道しるべです。したがって、神様の御言葉の下で生きる時、私たちは真に幸いな人としての人生を生きることができるのです。(詩篇1:1~6)

2.出産後の儀式

女性が男の子を産むと、その子供は7日間汚れ、産婦は40日間汚れると見なされました。(レビ12:2~3) 女の子を産んだ場合は、その期間が2倍伸びます。つまり、生まれた子供は14日間汚れ、産婦は80日間汚れると見なされました。(レビ12:4~5) きよくなる期間になると、女は全焼のいけにえと、罪のためのいけにえを捧げなければなりません。全焼のいけにえには子羊を捧げ、罪のためのいけにえには家鳩を捧げましたが、子羊を捧げる余裕のない場合には、鳩に変えて捧げることができました。ルカ2章22~40節に登場するイエス様の聖めの儀式が、まさに全焼のいけにえと罪のためのいけにえなのです。このような儀式は、当時カナンの民の間で流行していた偶像崇拝と多神意識からイスラエルの民を分離させました。また、産婦と子供の出産の過程で失った力を、もう一度回復できる時間を与えました。イスラエルの民は、神様が決められた儀式を守ることによって衛生、健康、休息などいろいろな恩恵に預かったのです。
このような儀式を通して、私たちは、神様の御前に出て行く前に自分自身の心を吟味し、神様を恐れる心を準備しなければならないことを学ぶことができます。また、神様の命令に従順する暮らしの中で、神様がくださる恵みと祝福を深く悟るようになるのです。

3.ツァラアトに対するきよめの儀式

レビ記13~14章で登場するするツァラアトは、私たちが知っているハンセン病のみならず、すべての皮膚病のことを指します。皮膚にはれもの、あるいはかさぶた、あるいは光る斑点ができた人は、祭司に診てもらわなければなりません。(レビ13:2) 皮膚病だけでなく、火傷、傷、炎症のある人も、祭司に診てもらわなければなりません。
祭司に診た後、汚れたと言われた人は、衣服を裂き、口ひげをおおって、『汚れている、汚れている』と叫ばなければなりません。(レビ13:45) これによって、人が近づかないようにして、病の伝染を防ぎました。人だけではなく、物にカビが生えた時も祭司の検査を受け、それが汚れていると見なされた時は、燃やさなければなりません。皮膚病にかかった人が治ると、もう一度、祭司に診察を受けました。病が完全に治ったことを祭司が確認すると、きよめの儀式によって自由を得ることができたのです。
神様は、皮膚病とカビの処理をする家庭を通して、神様の恵みと主権を同時に見せてくださいます。
汚れた人には、清さが必要です。その清さは、ただ神様の恵みによって得られます。

4.漏出に対するきよめの儀式

レビ記15章では、体のあらゆるところからの漏出について説明します。漏出は性病、あるいは性生活、女性の月経を言いますが、次のように二つの理由で、漏出が汚れたものとして見なされました。
一番目、殆どが不潔で放蕩な性生活による病気によるため、二番目、堕落した人間の体から漏出する分泌物であるため、不潔と見なされました。律法のきよめの儀式が、人間の隠しどころにまで触れると恥ずかしいかも知れませんが、律法の目的は、人を罪に定めることであり、贖うためではありません。レビ記15章31節には、『あなたがたは、イスラエル人をその汚れから離れさせなさい。彼らの間にあるわたしの幕屋を汚し、その汚れたままで彼らが死ぬことのないためである』と記されています。このような規則は、神様の民を清くし、汚れの中で死ぬことがないようにするための神様の恵みであり、イエス様が十字架の上で成し遂げた、完全な救いの象徴的なシンボルです。

◎マナの要約
<きよい動物と汚がれた動物>
1.神様は、イスラエルの民の食物も制限されました。
2.神様の民は、暮らしの基本になる部分からすべてにおいて神様の基準によって暮らしました。
<出産後の儀式>
1.子供を出産した女性とその子は、一定の期間汚れていると見なされました。
2.これは子供と産婦を守り、命の主権者が神様であることを知らせる神様の方法です。
<ツァラアトに対するきよめの儀式>
1.神様は、皮膚病と伝染病を誘発するカビのような汚染物質を、きよめの儀式を通して防がれました。
2.私たちは、神様の主権と恵みを通して、私たちの汚れを取り除いてくださったことに感謝しなければならない。
<漏出に対するきよめの儀式>
1.性的病気、淫らな性生活など、私たちが恥ずかしいと思う部分まで、神様の主権の下に置かれています。
2.これらすべては、神様が私たちを罪に定めるためではなく、救うためであることを認識し、主の御前に隠さず、打ち明けなければなりません。

◎私の生活のマナ
<隣の人とあいさつ>
1.神様の子供らしく、世の中と区別されて生きて行きましょう。
2.私たちを守る神様の恵みに感謝しながら、生きて行きましょう。
3.私たちを清くされる神様に感謝しながら、生きて行きましょう。
4.神様の前に隠さず、告白しながら生きて行きましょう。
<祈り>
1.この世の誘惑に陥らず、良き神様を信頼する信仰が与えられるように祈りましょう。
2.世の罪と問題、苦しみに打ち勝つ力が与えられるように祈りましょう。
3.私たちの暮らしに潜んでいる罪を神様に告白して、悔い改めの祈りをしましょう。
<とりなしの祈り>
隣の人と祈りの題目を分かち合って、共に祈りましょう。