旧約の五大いけにえ (2016.5.11)

1.全焼のいけにえ

全焼のいけにえは、捧げ物を完全に焼くいけにえです。(レビ記1:9, 13, 17) 礼拝者が捧げ物を持って来たら、祭司はその頭に手を置いて祈った後、ほふってから皮をはぎ、いけにえを部分に切り分けます。それから、祭司はいけにえの血を集めて、祭壇の周りに注ぎかけ、焼きます。
この時、捧げ物を完全に焼くことは、完全な献身を意味します。神様に喜ばれる礼拝は、全焼のいけにえのように、私たちの人生を完全に捧げる礼拝なのです。(ローマ12:1) 私たちは神様の御前に出る時、私たちの考えと基準をすべて明け渡し、神様に完全に従順する姿勢を持たなければなりません。
また、全焼のいけにえは、献身のいけにえであると同時に、贖いのいけにえにもなります。捧げ物をほふる前に、その捧げ物に手を置く儀式は、捧げ物がその人の罪を背負って代わりに死ぬことによって、イエス・キリストの贖いを象徴します。私たちは、自分が犯した罪を自ら赦すことはできません。ただ、イエス・キリストだけが、私たちをきよくできるのです。

2.穀物の捧げ物

穀物の捧げ物は、へブル語で「ミナ」と言います。この言葉は贈り物、奉献を意味します。神様への贈り物で、感謝の捧げ物が穀物の捧げ物です。したがって、穀物の捧げ物は、私たちの罪の赦しのためのものではないので、五大いけにえの中で唯一、血を流さない捧げ物です。捧げた穀物の一部分は祭壇の上で焼きますが、残りは祭司のものになるのです。穀物の捧げ物は、種を入れないものでなければなりません。種は、聖書では罪を象徴します。
Ⅰコリント5章8節には、『ですから、私たちは、古いパン種を用いたり、悪意と不正のパン種を用いたりしないで、パン種の入らない、純粋で真実なパンで、祭りをしようではありませんか』と記されています。私たちが礼拝を捧げる時は、自分自身の暮らしを吟味しながら、悔い改めた聖い心で捧げなければなりません。種と違って塩は、穀物の捧げ物に必ず入れなければなりません。塩は、聖さと変わらない永遠なる約束を象徴します。(民数記18:19) 私たちが聖い姿勢で主の御前に出る時、神様は永遠なる祝福の約束を神様の子供に与えられます。

3.和解のいけにえ

和解のいけにえは、神様との和睦と霊的な交わりを象徴するいけにえであり、感謝のいけにえ、誓願の捧げ物、進んで捧げる物があります。(レビ記7:15~16) 捧げ物の儀式が終わった後、聖徒はいけにえの肉を食べて交わりました。和解のいけにえは、祭司だけでなく、礼拝者が一緒に食べられる唯一のいけにえです。(レビ記7:15) 和解のいけにえの目的は、神様との関係の回復です。神様は、人間に和解の道を開かれました。したがって、和解のいけにえは、イエス・キリストの十字架の働きの模型です。ローマ3章25節には、『神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです』と記されています。私たちがイエス・キリストの血に頼って神様の御前に出る時、壊れた神様との関係がすべて回復されます。

4.罪のためのいけにえ

罪のためのいけにえは、五つのいけにえの中で細かく分けられているいけにえであり、祭司、会衆、族長、および一般の人によって若干の違いがあります。罪のためのいけにえは、自分自身が気づかずに犯した罪を赦して頂くためのいけにえです。(レビ記4:13) 私たちが自ら犯した罪と背きの罪を思い出した時には、必ず主の御前で罪の問題を解決して頂かなければなりません。
罪のためのいけにえは、すべての人のために犠牲のいけにえとなり、すべての罪と背きの罪を一度で完全に赦されたイエス・キリストの贖いを象徴します。(ヨハネ1:29) キリストの贖いの恵みによって、聖徒たちは過去、現在、未来のすべての罪が赦され、神様の子供として天の祝福を手に入れました。

5.罪過のためのいけにえ

罪過のためのいけにえとは、人が不実なことを行い、誤って主の聖なるものに対して罪を犯した時と(レビ記5:15~19)、隣人に対して傷害や損失を負わせた時に(レビ記6:1~7)捧げるいけにえです。罪過のためのいけにえは、捧げ物が雄羊でなければならないし、罪を犯した隣人には、その被害に対する賠償をしなければならない特徴があります。隣人を騙したり、隣人の物を横取りしたりしたのであれば、その罪は人だけではなく、神様にも犯したことになります。(Ⅰコリント6:8~10) 罪を犯した人は、自分が奪った物をそのまま返すだけではなく、その価値の五分の一を加えて返さなければなりません。(レビ記5:16) 私たちは、罪過のためのいけにえの規範を通して、隣人との間に罪を犯した場合、神様と共に、人からも赦しを求めなければならないことを学ぶことができます。

◎マナの要約
<全焼のいけにえ>
1.捧げ物を完全に焼く全焼のいけにえは、神様に対する完全な献身を意味します。
2.神様の御前に出る時は、私たちの考えと基準をすべて明け渡し、神様に完全に従順する姿勢を持たなければなりません。
<穀物の捧げ物>
1.種を入れず、塩を入れた穀物の捧げ物を捧げる私たちの礼拝は、罪がなく、神様との関係が聖くなければなりません。
<和解のいけにえ>
1.和解のいけにえは、神様との交わりを象徴します。 神様がイエス様を和解のいけにえとして供えられ、私たちとの関係をすべて回復されました。
<罪のためのいけにえ>
1.罪のためのいけにえは、自分自身が気づかずに犯した罪を赦して頂くためのいけにえです。
2.イエス様の贖いの恵みによって、聖徒はすべての罪が赦され、神様の子供になりました。
<罪過のためのいけにえ>
1.罪過のためのいけにえは、神様の聖なるものに罪を犯した時、隣人に傷害や損失を負わせた時に捧げるいけにえです。
2.隣人との間の罪に対して、私たちは神様と隣人に赦しを求めなければなりません。

◎私の生活のマナ
<隣の人とあいさつ>
1.神様に完全なる従順をしましょう。
2.神様に感謝をもって礼拝を捧げましょう。
3.神様を愛する心で礼拝を捧げましょう。
4.主の御前で謙遜な心で礼拝を捧げましょう。
5.愛し合う心で礼拝を捧げましょう。
<祈り>
1.イエス様を通して神様の御前に行く道を開いてくださった主に、感謝の祈りをしましょう。
2.暮らしを振り返り、罪を悔い改め、聖霊様だけを求める祈りをしましょう。
3.隣人の罪を赦し、愛することができる、心が与えられるように祈りましょう。
<とりなしの祈り>
隣の人と祈りの題目を分かち合って、共に祈りましょう。