聖徒の優先順位訓練(2016.4.6)

1.単純性

単純性とは、私たちの心が神様に対して、「聖さ」を持って生きることを意味します。これは、私たちがこの世の多くのことに焦点を合わすのではなく、神様だけに焦点を合わすことです。私たちがすべてにおいて神様に焦点を合わすと、人の目を気にしないようになり、私たちの言葉が真実で正直になります。反対に人の目を気にすると、うわべだけを強調する律法主義に落ちてしまいます。聖書は、単純性に対して二つのことを告げています。
一番目、聖書が示す単純性は、貪欲と黄金万能主義を拒みます。パウロはⅠコリント5章11節で、『私が書いたことのほんとうの意味は、もし、兄弟と呼ばれる者で、しかも不品行な者、貪欲な者、偶像を礼拝する者、人をそしる者、酒に酔う者、略奪する者がいたなら、そのような者とはつきあってはいけない、いっしょに食事をしてもいけない、ということです』と強調しています。この御言葉でパウロは、貪欲を不品行と盗みと偶像崇拝と言い、その中で生きている人は神様の国を受け継げない、と強調しています。また、Ⅰテモテ6章17~18節では、富んでいる人は宝に頼らないで、神様に頼って貧しい人に施しなさい、と告げています。
二番目、聖書では、単純性は禁欲主義を拒み、神様が創造されたものを楽しむように教えます。禁欲主義と単純性とは違います。禁欲主義は所有を否定しますが、単純性は所有を認め、正しい視覚で見るように促します。禁欲主義は貧しい時だけ満足を得ようとしますが、単純性は、貧しい時も豊かな時も満足することができるようになるのです。(ピリピ4:12参照)このように、単純性は私たちの暮らしのバランスを保ち、私たちが物質に支配されず、物質を正しく使うようにさせます。

2.自己点検

単純性を回復するためには、まず私たちが自分自身を点検しなければなりません。時々、私たちは自分の霊性に充分な投資をしていると考えますが、霊的な進歩が無くて絶望したり、落胆したりする時が多いのです。しかし、自分自身を振り返って分析して見れば、実際には霊性生活に充分な投資ができなかったこと、疎かであったことに気づきます。
私たちは、何よりも神様が与えられた最高の資産である時間を大切に考えなければなりません。エペソ5章15~16節には、『そういうわけですから、賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです』と記されています。霊的な成長のために時間を投資しないことは、霊的に無秩序であるのです。昨日と今日、明日はお互いに分離せずに有機的につながっているので、霊的な成長は一時的な出来事、また行動を通して成されたことではなく、継続的に時間を費やして訓練する時に可能となります。
人間は、時間を統制することはできません。神様だけが可能なのです。人間ができることは、自分自身を管理することのみです。私たちは暮らしを正しく管理し、時間を最大に活用できる秘訣を学ばなければなりません。
暮らしの管理は、時間を正しく活用するために、どんな決定を下すべきなのかを学び、悟ることから始まります。したがって、私たちは、常に自分自身を点検することに努力を惜しまず、特に多くの時間を霊的な成長のために費やさなければなりません。その時、真の霊的成長を体験することができるのです。

3.優先順位の取り換え

神様が私たちに与えられた資源(時間、物質)を正しく使うためには、優先順位を正しく決めなければなりません。それは、私たちが神様の御心を世の中に成し遂げるために、私たちの資源を先に投資をすると、たましいに幸いを得ているように、すべての点でも幸いを得、健康になる神様の祝福に預かるのです。
一番目、優先順位を決めなければなりません。イエス様は多くのことをされましたが、その中でも神様の召命の完遂を一番にされました。召命は、優先順位を決める基準です。また、私たちは、すべてにおいて神様が認めることを最優先しなければなりません。神様は、私たちが優先順位を正しく決めた時に祝福されます。
二番目、優先順位を決めたら、大事なことに集中しなければなりません。ペテロが若い時は情熱のある人間でしたが、明らかな召命がありませんでした。しかし、聖霊様を体験してから、福音伝道が彼の召命となり、福音伝道に生涯をささげました。私たちも、神様から与えられた召命に集中しなければなりません。強い情熱と明らかな召命を持った時、私たちの行動が一貫性あるものとなるのです。
最後に、何よりも基本的な霊的な活動を最優先としなければなりません。祈りと御言葉、霊性訓練など、霊的な活動は神様との交わりにおいて必須的な要素です。霊的な活動が上手くできないのであれば、他の活動などは無意味なものになるのです。したがって、聖別された時間を設け、規則的、継続的な霊的活動を行わなければなりません。

◎マナの要約
<単純性>
1.単純性とは、私たちの心が神様に対する聖さを持って生きることです。
2.聖書が言っている単純性とは、貪欲と黄金万能主義、禁欲主義を拒み、神様が創造されたものを楽しむように教えられます。
<自己点検>
1.私たちは、神様がくださった最高の資産である時間を大切に考えなければなりません。
2.私たちは、常に自分自身を点検し、多くの時間を霊的成長のために費やすべきです。
<優先順位の取り換え>
1.私たちは優先順位を決め、大事なことに集中し、霊的な活動を大切にしなければなりません。
2.神様の御心を、世の中で完遂ことを一番とすると、たましいに幸いを得て、すべての点でも幸いを得、健康になる神様の祝福を手に入れることができるのです。

◎私の生活のマナ
<隣の人とあいさつ>
1.神様に対して、私たちの心に「聖さ」を持って生きて行きましょう。
2.貪欲と黄金万能注意を拒否しなければなりません。
3.禁欲主義を拒み、神様が創造したものを感謝して楽しまなければなりません。
4.いつも自らを点検し、特に多くの時間を霊的な成長のために割かなければなりません。
5.優先順位を決め、守らなければなりません。
<祈り>
1.神様に対して、私たちの心が「聖さ」を持って生きて行くように祈りましょう。
2.貪欲と物質万能主義、禁欲主義を拒み、聖書通りに生きて行くように祈りましょう。
3.優先順位を決め、守るように祈りましょう。
<とりなしの祈り>
隣の人と祈りの題目を分かち合い、共に祈りましょう。