感謝(Ⅱ) (2016.2.24)

1.備えられた天国に感謝

アダムとエバが、神様の命令に逆らって善悪の知識の木の実をとって食べて後、人類にとって、死の恐怖が最も大きな悲劇となりました。多くの人は、死に対する恐怖を持つようになりました。しかし、イエス様を信じる私たちは、死の恐怖に打ち勝つことができます。(ヘブル2:14~15) 罪も傷のないイエス様が、神様から離れて永遠に捨てられるべき人間のために、十字架で血を流されました。私たちがこの事実を信仰によって受け入れると、永遠なる天国を所有するのです。
天国とは、生ける神様の栄光と統治が満ちている場所です。私たちは先ず、私たちに臨んでいる天国に感謝しなければなりません。(ルカ17:20~21) 天国が、この世で救われた聖徒たちの集まりである教会の中に、既に臨んでいることに感謝しなければなりません。また、私たちの祈りが答えられたことを通して、天国が体験できることに感謝しなければなりません。教会と聖徒を通した福音伝道は、私たちが生きるこの世で、天国が既に臨んだことの現れであり、再び来られるキリストの栄光の再臨を待ち望ませる記しなのです。従って、私たちは福音を伝えるたびに感謝しなければなりません。二番目、将来臨む天国について感謝しなければなりません。聖徒は、天国で完全なる栄華を成し、サタンと罪と死の権勢から永遠に解放され、永遠に続く安息と平安を手に入れることができるのです。罪も傷のない主の形に似て、主と真の交わりをしながら生きることができます。
また、この世で別れた親、兄弟、友達に再び会う喜びに預かるのです。私たちは全員、地獄で永遠の刑罰を受けるべき罪人でしたが、聖霊様の働きによってイエス・キリストを主と受け入れ、永遠の命を得る神様の子供になりました。したがって、この世だけではなく、天国でも永遠の命の栄光を手に入れる存在になりました。
天地万物を造られた父なる神様の家である天国は、涙も悩みも憂いも死もありません。私たちは、イエス様を信じて天国に行けることが、私たちにとって最も大きな祝福であることを覚え、日々喜びと勝利の人生を生きなければなりません。

2.すばらしい教会、すばらしい信仰に対する感謝

教会は、神様の祝福の通路です。私たちは、イエス様を信じて天国に行くまで、教会を通して神様の祝福を受けるようになります。教会を通して、私たちの信仰が育ち、主の御言葉を聞いて、主の御心を悟るようになります。良い教会は神様の御言葉に忠実な教会です。世の中で、聖書を超えるいかなる権威はあらず、聖書から離れた不思議な体験などもありえません。(黙示録22:18~19)
イエス・キリストのない福音は、福音ではありません。私たちに与えられたイエス・キリストを中心とする神様の恵みの御言葉は、純福音として要約することができるのです。純福音とは、聖霊の感動によって書かれた神様の御言葉を、ありのまま、すべてを信じ、受け入れる充満な福音を意味します。また、純福音は、イエス・キリストの贖いの恵みである十字架を原点とする信仰の基礎を持っています。イエス様の十字架の働きの結果、私たちに与えられのは、たましいに幸いを得ているように、全てに幸いを得て、健康になる恵みと、豊かないのちを得る三重の救いなのです。
また、三重の救いをより具体的に説明したのが五重の福音です。五重の福音は、新生の福音、聖霊充満の福音、癒しの福音、祝福の福音、再臨の福音です。また、このような三重の救いと五重の福音を聖徒たちが日常の生活で具体的に体験できる方法が、考え、信仰、夢、言葉という4次元の霊性なのです。
また、すばらしい教会は、聖霊充満な教会です。聖霊充満な教会の特徴は、一番目、祈り充満な教会です。聖霊充満の働きは、切なる祈りと関連があります。聖徒たちは、聖霊充満のために祈る方法を学び、祈ることを訓練し、祈りに献身しなければなりません。二番目、賜物充満でなければなりません。聖霊充満は、異言を初め、多様な賜物を通して、さらに力のある教会に変え、聖徒たちが情熱的に福音を告白できるようにします。三番目、全人格的な癒し充満です。癒しは主の御心です。救いによって、霊、肉、たましいと環境が全体的に癒され、回復されます。四番目、交わり充満です。聖霊充満な教会では、力動的な小グループの集まりがあります。小グループの集まりは、聖徒たちの信仰の成長と成熟の土台となり、福音伝道の基地となるのです。五番目、暮らしの実が充満になります。聖霊充満な教会は、愛によって闇の世界を照らし、社会と文化を変え、世界を変革させます。
このように、すばらしい教会、神様が喜ばれる教会とは、神様に栄光を帰す教会、キリストの福音を伝えることに最善を尽くす教会、御言葉と聖霊の恵み充満で、世界に主の光を照らす教会です。このような良い教会では、聖徒たちも信仰もすばらしく成長します。主に喜ばれる聖徒は、各自の信仰生活が一粒の麦となり、自分のみならず家庭、共同体、社会の中で麗しい実を結びます。私たちは、良い教会と良い信仰を与えられた神様に感謝しなければなりません。

◎マナの要約
<備えられた天国に感謝>
1.イエス様を信じる私たちは、死に対する恐れにも勝つことができます。
2.私たちは、この地で私たちが経験する天国に対して感謝しなければなりません。
3.私たちは、将来臨む天国に対して感謝しなければなりません
<すばらしい教会、すばらしい信仰に対する感謝>
1.教会は、神様の祝福の通路です。
2.良い教会は、神様の御言葉に忠実な教会です。
3.良い教会は、聖霊が充満している教会です。
4.良い教会で、聖徒の良い信仰が育ちます。
5.私たちは、良い教会と良い信仰を与えられた神様に感謝しなければなりません。

◎私の生活のマナ
<隣の人とあいさつ>
1.私たちは、この地で天国を経験できます。
2.私たちは、将来天国に入ることができます。
3.教会は、神様の祝福の通路です。
4.良い教会で、良い信仰が育ちます。
<祈り>
1.この世でも天国を与えられた神様に感謝の祈りをしましょう。
2.私たちがこの世と別れて後、天国に入るようにしてくださったことに感謝の祈りをしましょう。
3.良い教会に出合い、良い信仰を与えられた神様に感謝の祈りをしましょう。
<とりなしの祈り>
隣の人と祈りの題目を分かち合って、共に祈りましょう。