わたしのほかに、ほかの神々があってはならない (2015.12.23)

1.ほかの神々があってはならない戒め

神様はモーセを通して、イスラエルの民が代々守るべき十の戒めを与えられました。その十戒の最初の戒めは、神様以外にほかの神々があってはならないというものでした。(出20:3) この最初の戒めは、創造主の神様だけが信仰の対象である、神様の唯一性を宣言したものです。『聞きなさい。イスラエル。主は私たちの神。主はただひとりである』(申命記6:4) 私たちが仕えて敬拝するべき神は、創造主の神様だけです。したがって、私たちは神様だけに仕える人生、神様第一主義の人生を生きなければなりません。
しかし、人々は罪を犯して堕落し、思いと考え、知識が暗くなり、むなしさと不安、恐怖から逃げるために神様は存在しないと否定しただけでなく、偶像を造り、神様の代わりに仕えました。(ローマ1:21~23、詩篇14:1) 現代人は神様の代わりに、快楽、知識、お金、権力、名誉、外見、スポーツなどを神様のように仕えます。しかし、私たちは神様だけに仕えることで祝福を受け、幸せになれる存在です。したがって、私たちの心を占めている偶像があるならば、完全に取り除かなければなりません。そして、神様だけを、私たちの心と人生の中心に立てなければなりません。

2.偶像を造ってはならない戒め

第二の戒めは、神様にどのように仕えるのかに関する内容であり、偶像を造ること、偶像に仕えることを厳しく禁止する戒めです。(出20:4~6) イスラエルの神様は、天地万物を創造された創造主です。(創世記1:1) この世に存在するすべてのものは、神様の被造物です。イスラエルの神様は、神様ご自身以外にどんな他の形にも似ることができない、比較することができない方です。『あなたがたは,神をだれになぞらえ,神をどんな似姿に似せようとするのか』(イザヤ40:18) もし、人が神様の形を造るなら、それは真の神様ではなく、他の神にしか過ぎない一つの偶像を造ることです。似たものや削って造った形だけではなく、神様より深く愛して惜しむものはすべて偶像です。私の人生の居場所に最初に来るのが神様でなければ、それがどんなに良いものであっても、偶像なのです。現代人にとって最も大きな偶像は、まさに私(自分)です。使徒パウロは、私という偶像をなくすために、自分の欲に従順しないで、神様に従順すると語りました。(ローマ6:11~12) イエス様の弟子になろうとするならば、徹底的に自分を否定しなければなりません。(マルコ8:34) 私という偶像を捨ててこそ、イエス様に従うことができます。神様は、私たちが心と精神、真心と力を尽くして神様だけを愛することを願われます。

3. 神様の御名をみだりに唱えてはならない戒め

神様の御名をみだりに唱えてはならない戒め(出20:7)は、神様の御名を嘘っぽく用いたり、神様の御名を盗用したり、乱用したり、誤用してはいけないという言葉です。他の聖書では、次のように記されています。『あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない』(申5:11)
ユダヤ人たちが旧約聖書を朗読する際、神様の御名である「主」と言う単語が出たら、本来の発音通りに読まず、主という意味を持つ「アドナイ」と読みました。その後、子音だけで記録されたヘブル語の聖書に母音をつける作業を行った際、神様の御名であるYHWH(ヤーウェ)の4文字子音にAdonay(アドナイ)と言う言葉の母音がつけられ、「主」という名前が生まれました。それほど、ユダヤ人たちは神様の御名を大切にしました。彼らが聖書を書き写した際も、神様の御名が出てきたら手を洗い、再び神様の御名を書き写しました。
私たちは、神様の存在と栄光と属性を意味する神様の御名を敬拝し、神様の御名を高めなければなりません。(出3:15) 賛美で、礼拝で、祈りで、伝道で、善い行いで、私たちの地上で神様の御名を高めなければなりません。賛美は、神様の御名を賛美してあがめることです。礼拝は、神様の御名で集まって神様の偉大さを宣言することです。祈りは、神様の御名で神様の元に進むことです。伝道は、神様の御名を知らない人々に、神様の救いと愛を知らせることです。善い行いは、神様の御名で愛を分かち合うことです。私たちは、いつも言葉と行いに注意し、神様の御名を宣言する使命を持つ者として、神様の御名に恥ずかしくない人生を生きなければなりません。

◎マナの要約
<ほかの神々があってはならない戒め>
1.神様がイスラエルの民に与えられた十戒の中の最初の戒めは、『神様以外にほかの神々があってはならない』というものです。
2.神様だけが唯一なる創造主であり、救い主であり、真の神様です。他の神は、むなしい偽りの神です。
<偶像を造ってはならない戒め>
1.もし、人が神様の形を造るなら、それは神様ではなく、他の神にしか過ぎない一つの偶像です。似たものや削って造った形だけではなく、神様より深く愛して惜しむものはみな偶像です。
2.最も大きな偶像である私自身を徹底的に否定して、イエス様に従わなければなりません。
<神様の御名をみだりに唱えてはならない戒め>
1.神様の御名をみだりに唱えてはならないというのは、神様の御名をみだりに呼んではいけないという言葉です。
2.私たちは、賛美で、礼拝で、祈りで、伝道で、善行で、私たちの日常で神様の御名を高めなければなりません。

◎私の生活のマナ
<隣の人とあいさつ>
1.神様だけが唯一なる創造主であり、救い主である真の神様です。
2.私たちの心と精神、真心と力を尽くして神様だけを愛しましょう。
3.偉大なる神様の御名を賛美してあがめましょう。                            
<祈り>
1.神様だけに仕えて、神様第一主義の人生を生きるように祈りましょう。
2.私という偶像を捨て、徹底的に自分を否定して、イエス様の弟子としてこの地を生きられるように祈りましょう。
3.賛美で、礼拝で、祈りで、善い行いで、日常で神様の御名をあがめる人生になるように祈りましょう。
<とりなしの祈り>
隣の人と祈りの題目を分かち合って、共に祈りましょう。