丘の頂から見つめなさい (2015.12.16)

1.アマレクとの戦い

アマレク人は、エサウの孫であるアマレクの子孫たちです。アマレク人は戦いを好み、戦いに長けている民族です。彼らは、イスラエルの民が紅海を渡ってレフィディムに到着すると、直ちにイスラエルを攻撃しました。『あなたがたがエジプトから出て、その道中で、アマレクがあなたにした事を忘れないこと。彼は、神を恐れることなく、道であなたを襲い、あなたが疲れて弱っているときに、あなたのうしろの落後者をみな、切り倒したのである』(申命記25:17~18)
イスラエルの民がエジプトを出て、荒野を通り、カナンの地に行く途中のレフィディムでアマレク人に出会って戦ったように、私たちが歩む荒野のような人生の道にも、敵である悪魔アマレクが近づきます。目には見えませんが、この世も激しい霊的な戦いが繰り広げられている戦場です。霊的な戦いでは、罪のアマレク、病のアマレク、死のアマレクが、私たちに戦いを仕掛けてきます。悪魔は、どんな人々に攻撃を仕掛けるでしょうか? 悪魔は、神様の民の行列の後ろの落後者を攻撃します。アマレクがイスラエルの民を攻撃した時、彼らは民の後ろで弱り果てた落後者を攻撃しました。(申25:18)アマレクが、疲れて弱り果てた落後者を攻撃したように、私たちが疲れている時、信仰の行列の後ろで疲れている時、恵みの位置から離れる時、信仰の確信が無く、さまよっている時、そして私たちの信仰が弱まる時に、悪魔は私たちを攻撃します。

2.丘の頂に立つモーセ

『モーセはヨシュアに言った。「私たちのために幾人かを選び、出て行ってアマレクと戦いなさい。あす私は神の杖を手に持って、丘の頂に立ちます」』(出17:9) アマレクと戦っていた日、モーセはヨシュアに、人を選び、出て行って戦うようにさせた後、モーセ自身はアロンとフルを連れて、丘の頂に登りました。戦いの中、なぜモーセは彼らから離れ、丘の上に登ったのでしょうか? モーセが指導者として丘の上に登り、見下ろすことで、戦いの状況をすべて把握できるからです。戦場にいれば、今何が間違っているのか、正しく知ることができません。私たちが問題にぶつかった時、あまり問題だけにとらわれて取り組むのではなく、少し遠くから見ることができる知恵が必要です。人生は選択です。状況をどのように見るのかによって、人生が変わります。すべての問題の解決策は、神様の中にあります。今、どんなアマレクのような問題にぶつかっていますか? 丘の頂に登って下さい。丘の頂は祈りの場所であり、神様との出会いの場所です。丘の頂の祈りの小部屋に入り、木を見ずに森を見なければなりません。問題よりも大きな神様を見上げて下さい。(ピリピ4:6~7)

3.神様が共におられる人

モーセは、丘の頂に登り、手を上げて祈り始めました。(出17:10) 神様の御前で両手を上げることは、主だけを頼り、主の助けを求めるという意味です。モーセが祈る時、丘の下では不思議なことが繰り広げられていました。それは、モーセが天に向かって手を上げている時は優勢になり、モーセの力が無くなり、手を降ろしている時はアマレクが優勢になりました。それで、丘に一緒に登ったアロンとフルが、モーセを石の上に座らせ、二人が両側からモーセの手が下がらないように、一日中、手を支えました。
『しかし、モーセの手が重くなった。彼らは石を取り、それをモーセの足もとに置いたので、モーセはその上に腰掛けた。アロンとフルは、ひとりはこちら側、ひとりはあちら側から、モーセの手をささえた。それで彼の手は日が沈むまで、しっかりそのままであった。ヨシュアは、アマレクとその民を剣の刃で打ち破った』(出17:12~13)
結局、モーセの祈りの手が下がらなかったので、イスラエルが大勝利を得ました。戦いの勝敗は、戦場ではなく、祈りの場所である丘の頂の上で既に決まっていました。神様は、神様を全面的に頼って祈る人を喜ばれ、信仰の人を助けられます。また、その人に、主の働きが全うできるようにされます。
イスラエルがアマレクとの戦いで大勝利すると、モーセは勝利が神様から来たことを賛美し、丘の頂に神様の祭壇を築き、礼拝を捧げ、そこを「アドナイ・ニシ」と呼びました。『モーセは祭壇を築き、それをアドナイ・ニシと呼び、「それは『主の御座の上の手』のことで、主は世々にわたってアマレクと戦われる」と言った』(出17:15~16)「アドナイ・ニシ」となられた私たちの神様は、祈りの人と共におられます。私たちが祈る時、神様はすべての暗闇の勢力を追い出し、勝利するように働かれ、恵みを与えます。私たちが神様を全面的に信頼して、祈ることを切に願います。

◎マナの要約
<アマレクとの戦い>
1.アマレク人は、イスラエルの民が紅海を渡ってレフィディムに到着すると、直ちにイスラエルを奇襲攻撃しました。
2.私たちが歩んでいるこの世は、目には見えなくても、激しい戦いが繰り広げられている霊的な戦場です。
3.悪魔は、私たちが恵みの位置から離れた時、信仰の確信が無くてさまよう時、攻撃します。
<丘の頂に立つモーセ>
1.アマレクと戦争をしていた日、モーセはヨシュアに、人を選び、出て行って戦うようにさせた後、自分自身はアロンとフルを連れて、丘の頂に登り、両手を上げて祈りました。
2.問題にだけ没頭しないで、問題より大きな神様を見上げなければなりません。
<神様が共におられる人 >
1.イスラエルがアマレクとの戦場で勝利した秘訣は、彼らが持つ武器や数的な優位ではなく、祈りだけでした。
2.神様は、祈る人と共におられます。

◎私の生活のマナ
<隣の人とあいさつ>
1.いつも恵みの位置にとどまりましょう。
2.問題よりもっと大きな神様を見上げ、神様の助けを頼りましょう。
3.アマレクのような私たちの人生の苦難に恐れず、勝利の旗となる神様の御前で祈りましょう。
<祈り>
1.いつも聖霊充満で、大胆な信仰を持って生きることができるように祈りましょう。
2.私たちの人生の敵である悪魔アマレクが近づいても恐れず、全能なる神様だけに頼る信仰と、勇気が与えられるように祈りましょう。
3.アドナイ・ニシである神様といつも共に歩み、勝利の人生を送れるように祈りましょう。
<とりなしの祈り>
隣の人と祈りの題目を分かち合って、共に祈りましょう。