私が神であることを知るのだ (2015.12.2)

1.私たちを妨げている絶望的な状況

エジプトを脱出したイスラエルの民が紅海の前で宿営した時、心変わりしたパロは、エジプトのすべての兵力を動員して、イスラエルの民を追撃し始めました。(出14:5~7) イスラエルの民がエジプトを出ると、すぐに紅海が前を妨げ、後ろからはエジプトの軍隊が追撃して来る進退両難の危機に陥りました。恐れたイスラエルの民は、神様につぶやきました。「エジプトに墓がないので、自分たちをこの荒野に連れて来て、死なせようとするのか」と不平を言い、エジプトに戻ろうとしました。(出14:10~11) 神様に仕えるべき人々が危機に陥り、神様の救いの働きを忘れた、以前の奴隷の生活に戻ろうとしたのです。これは、「天国に行くためには患難と迫害を受けるから、いっそのこと、イエス様を信じることを放棄する」と不平を言うことと同じです。
私たちも、状況が少しでも悪く、不便があると、今まで保護され、導かれた神様に向かって不平を言い、神様の大きな恵みを忘れる場合が多々あります。しかし、困難な状況にぶつかっても、つぶやいたり、不平を言ったりせず、神様の救いを待ち望み、絶対肯定、絶対感謝で進まなければなりません。感謝は、神様を感動させます。神様は、感謝する生活に驚くべき奇跡を行なわれます。感謝する時、絶望が変わって希望になり、苦難が変わって祝福になるのです。

2.働かれる神様

モーセは民に向かって、恐れないように告げました。『恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行われる主の救いを見なさい。あなたがたは、きょう見るエジプト人をもはや永久に見ることはできない』(出14:13) これは、猛烈に追撃して来るエジプトの軍隊や、民を飲み込もうと押し寄せる波を見て恐れ、切迫した状況を自ら解決しようと慌てず、神様だけを信頼しなければならないことを意味します。イスラエルの民が進退両難の状況でできることは、何もありませんでした。彼らができたことは、黙って立って、ただ神様の救いを望み、静かに忍耐して待つことだけでした。
私たちの力で解決が不可能なことを前にして、私たちができることは、謙遜で全面的に神様の助けを待つことです。どんな困難な状況でも、神様の救いの御手を見上げれば、神様が私たちを助けられます。ローマ8章31節は、『では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう』と記されています。
神様はモーセに、杖を持った手を紅海の上に差し出し、海を分けるように命令されます。(出14:16)モーセが神様の命令どおりに従順すると、海が分かれ、イスラエルの民は海の真ん中の乾いた地を渡りました。その後、神様は再び海を戻され、イスラエルの民を追いかけていたエジプトの軍隊は紅海の中で溺れました。
全能なる神様が共におられたら、奇跡は起こります。私たちの前でどんな紅海があっても、私たちがある問題によって荒野に閉じ込められても、私たちは恐れず、黙って立って、神様が行われる救いの勝利を見守らなければなりません。(出14:13) 環境と自分を見ないで、不可能を可能にされる、全能なる神様を信仰の目で見なければなりません。

3.永遠なる感謝の題目

神様の驚くべき働きを見守っていたモーセと、イスラエルの民の口から出た感謝の告白は、神様は私たちの力であり、私たちのほめ歌と救いになられた、という告白でした。(出15:1~2) 私たちも、数多くの危機と絶望の中で、自分自身を救うことはできず、罪と暗闇の鎖に縛られた存在でした。しかし、イエス・キリストの死と復活を通して、滅亡の泥沼から救われました。私たちに資格があって救われたのではありません。救いは、全面的な神様の恵みです。(エペソ2:8) エジプトの軍隊から救われたことに対して、モーセとイスラエルの民が感謝の賛美を捧げたように、私たちもサタンの手から救って下さった神様の偉大な働きを永遠に感謝しなければなりません。私たちの信仰生活の中で、耐えられない試練が訪れる時もあります。しかし、どんな試練でも、私たちの力となる神様は、私たちを完全に救い出すことができます。イスラエルの歴史だけではなく、今も私たちを絶望の中から救われる神様を喜ばなければなりません。それが私たちの力なのです。ネヘミヤ8章10節後半には、『あなたがたの力を主が喜ばれるからだ』と記されています。したがって、私たちは絶対肯定の信仰を持って、神様の栄光のために生きなければなりません。イエス様の十字架を見上げ、ただ信仰によって進めば、危機が変わって好機になり、恐れが変わって恵みと祝福になるのです。

◎マナの要約
<私たちを妨げている絶望的状況>
1.恐れに陥ったイスラエルの民は、神様の救いの働きを忘れ、神様につぶやきました。
2.私たちが困難な状況にぶつかっても、つぶやいたり、不平を言ったりせず、神様の救いを待ち望み、絶対肯定、絶対感謝で進めば、神様は私たちの生活に驚くべき奇跡を行って下さいます。
<働かれる神様>
1.どうにもならない状況でイスラエルの民ができたことは、黙って立って、ただ神様の救いを望み、静かに忍耐して待つだけでした。
2.どんな状況でも、私たちが神様の救いの御手を見上げれば、全能なる神様が私たちを助けて下さいます。
<永遠なる感謝の題目>
1.私たちは、何の資格もない私たちを救って下さった神様の全面的な恵みを永遠に感謝しなければなりません。

◎私の生活のマナ
<隣の人とあいさつ>
1.困難な状況にぶつかっても、つぶやいたり、不平を言ったりせず、絶対肯定、絶対感謝の生活をしましょう。
2.神様は感謝する生活の中で、驚くべき奇跡を行って下さいます。
3.どんな状況でも神様の救いの御手を見上げれば、全能なる神様は私たちを助けて下さいます。
4.何の資格もない私たちを救って下さった神様の偉大な恵みを、永遠に感謝しましょう。
<祈り>
1.どんな状況でも、つぶやいたり、不平を言ったりせず、いつも絶対肯定、絶対感謝の生活ができるように、神様の救いを見上げることができるように祈りましょう。
2.何の資格もない私たちを救い、神様の子供として下さった恵みに感謝の祈りを捧げましょう。
<とりなしの祈り>
隣の人と祈りの題目を分かち合って、共に祈りましょう。