神様の杖 (2015.11.18)

1.モーセが持っているもの

神様はイスラエルを救うために、モーセを召されました。(出3:4) しかし、モーセはその召しを拒否します。その時、神様はモーセに尋ねられました。『あなたの手にあるそれは何か』モーセは荒野で40年間、羊を飼いながらいつも杖を持っていました。その杖は古く、汚れて、格好も悪く、モーセの40年間の人生の悲しみと孤独と絶望が刻まれた杖でした。しかし、出エジプトする時、モーセの手でこの杖が神様の栄光のために用いられると、驚くべき働きが現れました。神様が私たちを用いられる時にも、私たちが持っている小さなものを用いられます。イエス様は、荒野で男だけで5,000人、女と子供を合わせて20,000人を超える人々を、5つのパンと2匹の魚によって食べさせられました。(マルコ6:41∼44)
多くの人々が自分にないものを言います。しかし、自分が所有した小さなものでも神様に捧げれば、神様はそれを神様の杖として用いられます。神様は、人々にそれぞれの分量通りに賜物を与えられました。(エペソ4:7) 私たちは、その賜物を持って仕えることができます。また、私たちの手には、神様の御言葉があります。聖書を持っていれば、私たちはすべてのものを所有していることと同じです。そして、何も持っていない手でも、その手を集めれば、祈ることができます。神様は、祈りの手を用いられ、歴史を変えられます。私たちが所有するすべてのものは、神様から受けたものなので、私たちは無いもの、足りないもののために高ぶったり、不平を言ったりしてはいけません。現在あるものを持って、神様の御前に進まなければなりません。

2.従順するモーセ

神様はモーセに対して、手にある杖を地に投げるように告げられました。(出4:3) モーセが杖を投げると、蛇になりました。しかし、神様は蛇の尾をつかむように告げられました。人間的に考える時、これは常識外の方法です。蛇をつかむ時、常識では尾ではなく、首の部分をつかみます。しかし、モーセは神様の御言葉に従順して、尾をつかみました。すると、蛇が再び杖になりました。
杖は神様から離れると、悪賢い蛇のように害を及ぼす存在になります。杖が神様の御手につかまれた時、正しく用いられます。これは、私たちが神様の御言葉に従順するべきであることを意味します。その時、サタンに打ち勝ち、勝利することができます。(ヤコブ4:7) イエス様が十字架を背負われる前の晩、ゲッセマネの園で嘆きと涙の祈りによって神様の御前に進まれました。そして、神様の御心に従順して、十字架を背負われました。(ピリピ2:8) また、復活の主を信じて従順する私たちには、悪霊に打ち勝つ力を与えました。(マルコ16:17~18) したがって、私たちがするべきことは、信仰と従順だけです。神様は、神様を信じて従順する者を、パロのようなサタンの勢力から救われます。真の従順は、神様の命令に無条件的に「アーメン」することであり、従順する時に奇跡が起こります。

3.神様の御手につかまる人生

モーセがエジプトに帰る時、神様の杖を手につかみました。(出4:20) 神様の杖とは、神様が共におられるという意味です。そして、モーセがその杖を持っている限り、神様はモーセのそばを離れないでしょう。杖の形は同じですが、モーセの杖が神様の杖として変わったのです。神様は杖を持ったモーセに、『あなたはこの杖を手に取り、これでしるしを行わなければならない』(出4:17)と告げられました。平凡なモーセの杖が神様の杖になった時、奇跡が起こりました。モーセが神様の杖によって川の水を打つと、水が血に変わり(出7:20)、地のちりを打つと、ぶよになり(出8:16)、天に向けて杖を差し伸ばすと、雷が落ち(出9:23)、地の上に杖を差し伸ばすと、いなごが地面を覆いました。(出10:13,15) また、エジプトを出て、カナンの地に向かう時、神様の杖を差し伸ばすと、紅海が分かれて、海を陸地のように歩きました。(出14:21~22)
私が神様の御手につかまれば、今、自分がしている働き、つかんでいるものが神様の働きになります。それが、神様の杖になるのです。重要なことは、「今、私が何をしているのか?」ではなく、「今、私は誰と一緒にいるのか?」ということです。どんなにすばらしく、偉大なことをすると言っても、神様が共におられなければ、それは依然として杖にすぎません。しかし、何の価値のないことでも神様の御手につかまれば、それは神様の杖になります。神様の御手につかまった人生になれば、驚くべき奇跡が現れます。何の価値もない杖に神様の力が注がれ、尊く用いられるように、乾いた杖のような私たちも神様の御手につかまれば、尊く用いられることができます。したがって、私たちは神様の力につかまる人生を生きなければなりません。そして、神様に大いなる栄光を捧げる人生を生きられることを、切にお願いします。

◎マナの要約
<モーセが持っているもの>
1.モーセの杖は、古く、格好の良いものではありませんでしたが、神様が用いられると、驚くべき力を現しました。
2.神様は、私たちを用いる時、私たちが持っている小さなものでも用いられます。
<従順するモーセ>
1.私たちの常識とは違い、神様はモーセに蛇の尾をつかむように告げられました。
2.モーセが神様の御言葉に従順して尾をつかむと、再び杖になりました。
3.私たちが従順する時、奇跡が起こり、神様は信じて従順する者をサタンの勢力から救われます。
<神様の御手にとらわれた人生>
1.平凡なモーセの杖が神様の杖になった時、奇跡が起こります。
2.私たちが神様の御手につかまれば、私たちは尊く用いられることができます。

◎私の生活のマナ
<隣の人とあいさつ>
1.神様は、私たちが持っている小さなものを用いられます。
2.時には私たちの考えと異なっても、神様の御言葉に従順する時、奇跡が起こります。
3.私たちが神様の御手に完全につかまる時、私たちは尊く用いられることができます。
<祈り>
1.私たちが持っている小さなものでも、神様に差し出すことができるように祈りましょう。
2.時には私たちの考えと異なっても、神様の御言葉に従順できるように祈りましょう。
3.神様に完全につかまって、尊く用いられ、神様に栄光を捧げられるように祈りましょう。
<とりなしの祈り>
隣の人と祈りの題目を分かち合って、共に祈りましょう。