主が何をしても成功させてくださる (2015.11.4)

1.絶望の監獄に入る時

ヨセフは、兄たちの妬みと憎しみを受けて、死ぬ目に遭いましたが、命は助かり、異国の地エジプトに奴隷として売られました。(創37:28) ヨセフが奴隷として売られて行った場所は、パロの侍従長ポティファルの家でした。神様が共におられると、ヨセフはどんな状況でも、何をしても、成功し、かえって主人であるポティファルが見ても、ヨセフは神様の導きによってすべてのことが成功する人でした。これによって、ポティファルに認められ、側近の者となりました。(創39:3~4) そんなある日、ヨセフはポティファルの妻の罠によって濡れ衣を着せられ、監獄に入れられました。(創39:19~20)
これは、ヨセフにだけ訪れる試みではありません。今日、神様の子供である私たちにも同じような試みが訪れます。高い地位や権勢を持つ人が信仰を捨てるように、世の中と妥協するように、適当に信じるように要求します。その意思に従わなければ、不利益を与えます。その時、クリスチャンは、ヨセフのようにどんな不利益を受けて、損をしても、信仰を選択しなければなりません。神様の御前で、恥ずかしくない選択をしなければなりません。

2.苦難の中で共におられる神様

神様は、私たちが良い状況にいる時だけ共におられる方ではありません。かえって、私たちが苦難の中に、絶望の中にいる時、死の陰の谷を歩く時、私たちと共におられます。それだけでなく、大きな恵みを施され、周囲のすべての人々から認められ、称賛を受けるようにされます。『しかし、主はヨセフとともにおられ、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされた』(創39:21) 普通の人なら、絶望に陥り、自暴自棄になる心情によって信仰を捨てることも、一つの方法である状況でした。しかし、ヨセフは最後まで神様を手放しませんでした。すると、神様はヨセフと共におられ、彼の人生を握られました。『彼が,わたしを呼び求めれば,わたしは,彼に答えよう。わたしは苦しみのときに彼とともにいて,彼を救い彼に誉れを与えよう』(詩篇91:15) 理由のない苦難と、悔しい出来事が押し寄せて来ても、私たちといつも共におられるインマヌエルの神様を信じて待ち望めば、神様はすべてのことを働かせて益として下さいます。 『主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対して、腹を立てるな』(詩37:7)『神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています』(ローマ8:28) 神様の子供は、神様の時に必ず高くされ、用いられる時が来ます。(Ⅰペテロ5:6) 絶対肯定によって武装し、神様の時を待たなければなりません。

3.苦難の後に高められる神様

私たちが苦難を乗り越えれば、神様は必ず私たちを高められ、私たちに与えられた夢を成し遂げて下さいます。後にステパノは、殉教する直前に残した彼の説教でこのように語りました。『族長たちはヨセフをねたんで、彼をエジプトに売りとばしました。しかし、神は彼とともにおられ、あらゆる患難から彼を救い出し、エジプト王パロの前で、恵みと知恵をお与えになったので、パロは彼をエジプトと王の家全体を治める大臣に任じました』(使徒7:9~10)
兄たちのねたみと、嫉妬によって始まったヨセフの苦難は、13年の長い歳月の間、続きました。ヨセフは兄たちによって穴に投げ込まれ、死ぬ目に遭いました。エジプトの奴隷として売られ、パロの侍従長ポティファルの家では、側近の者となりましたが、罠に引っかかり、監獄に入れられました。監獄で認められて、王の廷臣の献酌官長の夢を解き明かしましたが、献酌官長は地位に戻った後、ヨセフを忘れました。(創40:23) 献酌官長がヨセフを思い出さずに忘れた時、ヨセフはこれ以上、希望が持てないように見えました。
しかし、すべての希望が消えたと思った時が、神様のすばらしい働きの始まりです。すべての苦難の過程が過ぎた後、ヨセフにすばらしい恵みと祝福が臨みました。パロの夢を解き明かす機会がヨセフに訪れ、その出来事によって、ヨセフは一気にエジプトの国務総理になりました。(創41:38~41) 神様は、ヨセフがエジプトの総理になるように働かれました。そして、ヨセフが13年前に見た夢であった高貴な位に立てられ、多くの命を生かすことに用いられました。(創50:20) 神様が与えられた聖なる夢は、神様の時に必ず成し遂げられます。しかし、神様は夢を成し遂げられる前まで苦難を通るようにされます。ですから、私たちはどんな苦難が訪れても、神様が私たちと共におられることを信じて、前進しなければなりません。

◎マナの要約
<絶望の監獄に入る時 >
1.私たちの人生には、時々、苦難や試練の連続によって絶望の監獄に入るような時があります。
2.ヨセフは、悔しい濡れ衣を着せられ、監獄に入りましたが、いつも神様が共におられました。
3.私たちは、試練の後に備えられた祝福があることを信じなければなりません。
<苦難の中で共におられる神様>
1.神様は、私たちが良い状況にいる時だけ、共におられる方ではありません。
2.私たちが死の陰の谷を歩いても、神様は私たちと共におられ、大きな恵みを施して周囲のすべての人々に認められ、称賛を受けるようにされます。
<苦難の後に高められる神様>
1.すべての苦難を通り過ぎた後、パロの夢を解き明かしする機会がヨセフに訪れ、そのことによって、彼は一気にエジプトの国務総理になりました。
2.私たちは、どんな苦難が訪れても、神様が私たちと共におられるということを信じて、前進しなければなりません。

◎私の生活のマナ
<隣の人とあいさつ>
1.神様は、私たちを用いられるために、様々な形の苦難によって訓練されます。
2.私たちが死の陰の谷を歩いても、神様は私たちと共におられます。
3.私たちが苦難を乗り越えれば、神様は必ず私たちを高められ、私たちに与えられた夢を成し遂げて下さいます。
<祈り>
1.絶望の監獄に入っても、神様が私たちといつも共におられる信仰を持つように祈りましょう。
2.死の陰の谷を歩いても、神様が私たちと共におられることを信じて、前進できるように祈りましょう。
3.神様が与えられた聖なる夢は、神様の時に必ず成し遂げられることを信じ、最後まで忍耐して信仰の競争を休まないように祈りましょう。
<とりなしの祈り>
隣の人と祈りの題目を分かち合って、共に祈りましょう。