人間の堕落と神様の救いの計画 (2015.9.23)

1.蛇の誘惑と堕落

悪賢い蛇がエバに巧妙な質問をしました。(創3:1~5) エバがその質問に対して、確信のない言葉で答えると、蛇はすぐ反論しました。蛇は率直に、善悪の知識の木を食べることを要求しませんでした。その代わりに、神様の御言葉を巧妙に否定して、善悪の知識の木を食べても死ぬことはなく、かえって目が開かれて、神様のようになる、と語りました。その言葉に、アダムとエバはまったく拒否することもなく、蛇の言葉に耳を傾けてしまいました。
蛇の質問の目的は、神様の御言葉を疑って信じないようにさせることでした。したがって、私たちはこのような誘惑が来た時、神様の御言葉によって断固拒否しなければなりません。神様の御言葉に対して、疑いや確信がなかったり、何かを加えたり、消したりしてはいけません。御言葉をそのまま受け入れ、信じなければなりません。蛇の言葉を聞いて、人は善悪の知識の木の実を取って食べました。(創3:6) 一般的に、エバがまず取って食べたことが知られていますが、その場には夫であるアダムも一緒にいました。「自分と一緒にいた」 という表現は、蛇が登場した時から、男がその場にいたことを示します。アダムは、堕落のできことの間接的な罪人ではなく、直接的な共犯者であるのです。そして、彼らは善悪の知識の木の実を取って食べた瞬間、神様との関係が断絶され、霊的に死んだ状態になり、究極的には肉体も死ぬようになり、最後を迎えるようになりました。

2.神様の裁き

堕落の結果によって、蛇と女、そして男が、それぞれ神様の裁きを受けました。まず、蛇が受けた呪いは、次のようなものです。(創3:14~15)
一番目、腹ばいで歩かなければなりません。サタンは、自分を高めようとする高慢のために堕落しました。したがって、この裁きは、すべての高慢は神様の御前で崩れる意味があります。二番目、一生ちりを食べなければなりません。このちりは、ほこり、あるいはくずという意味で価値がなく、非常につまらないことを言います。したがって、この裁きは蛇が最も悲惨な立場に転落したことを意味します。三番目、女と蛇、女の子孫と蛇の子孫が、代々、敵になりました。これは、メシヤに対する初めの預言として、女の子孫であるメシヤ、すなわちイエス・キリストがサタンを退けることを意味します。
次に女が受けた裁きは、次のようです。(創3:16)
一番目、妊娠と出産の苦しみです。本来、子供の出産は神様の祝福でしたが、裁きの後にその喜びを受けるためには、必ず苦しみの時期を通らなければならなくなりました。二番目、女は男を恋い慕うようになり、男は女を支配するようになりました。「恋い慕う」とは、相手を支配しようとする欲望を示します。本来、助け手(創2:18)によって創造され、同等な関係で互いに協力する夫婦関係が、互いに自己所有の欲望、支配したい欲望のために、夫婦関係が曲げられ、破壊されました。
最後に、男が裁きを受けました。(創3:17~19) エバに対する裁きが、妻と母としての役割に関係するものであれば、男への裁きは人の生存に関係するものです。その裁きの内容は、一番目、土地が呪われて、植えたものがすべて芽を出さないので、アダムは一生、苦しみと苦労の汗を流して、糧を得るようになりました。
二番目、生きるための苦しみは、最終的に豊かさではなく、死によって終わります。このような死は、被造物の限界を示します。「あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない」という御言葉は、人間が死を通して何の意味もない存在になったという意味です。

3.神様の救いの計画と恵み

神様は、堕落した人と世の中に向けて驚くべき計画を持っておられます。
一番目、命が持続されたことです。最初、アダムは自分の妻を女と呼びましたが、後には彼女の名前をエバと呼びます。(創3:20) 「エバ」とは命を意味する言葉であり、これは人の必然的な死(創3:19)と出産の苦しみ(創3:16)にもかかわらず、人の人生が子供を通して持続する希望を示します。
二番目、神様がアダムとエバを裁かれた後に、皮の衣を作ったことです。これは、罪を犯して、堕落した人のために、神様が施された恵みの贈り物です。また、皮の衣は、イエス・キリストによる神様の救いを示すものです。神様は、罪に対して裁かれるだけでなく、裁きの後に救いの恵みを施される愛の神様です。イエス様を通して人を救われるのです。女の子孫が蛇の子孫を踏み砕くということは、イエス・キリストがサタンを踏み砕き、退けることを意味します。
聖書の歴史は、創世記3章15節が実行される歴史です。
一番目、アダムは失敗しましたが、女の子孫によって来られる第二のアダム、イエス・キリストは、勝利されました。(ローマ5:18~19)そして、イエス様が再び来られ、すべての敵を滅ぼされる時まで、勝利は続けられます。人は罪によって、神様と人、人と人との関係の断絶、環境の呪い、病気による死という三重の堕落の苦しみに直面するようになりました。しかし、神様の変わらない希望の門は、いつも開けています。神様は裁きを宣言されましたが、裁きの中には、人に救いを施したいと願う神様の恵みが隠れているのです。イエス・キリストを通した神様の救いは、歪曲されたすべてのものを回復させる完全な(三重)の救いです。(Ⅲヨハネ1:2)

◎マナの要約
<蛇の誘惑と人間の堕落>
1.蛇の悪賢い質問と誘惑で、人は神様の御言葉に背き、善悪の知識の木の実を取って食べ、堕落しました。
2.私たちは神様の御言葉に対して、疑いや不信を持たないで、御言葉をそのまま受け入れ、信じ、従順しなければなりません。
<神様の裁き>
1.蛇は腹ばいで歩き、ちりを食べなければならない裁きを受け、イエス・キリストによって頭が踏み砕かれるようになりました。
2.女には出産の苦しみを与え、夫に支配されるようになりました。
3.男は、生涯苦しんで食を得ることで命が維持され、死を迎えるようになりました。
<神様の救いの計画と恵み>
1.神様の恵みによって、命が代々継がれるようになりました。
2.罪を犯して堕落した間にも、神様は恵みを施され、その人の罪を隠して下さいます。
3.イエス・キリストを通して、歪曲されたすべてのことが回復されました。

◎私の生活のマナ
<隣の人とあいさつ>
1.心に疑いと不信が入って来た時には、神様の御言葉ですぐ追い出しましょう。
2.御言葉をそのまま受け入れ、信じ、従順しましょう。
3.神様は、私たちの罪を隠して下さいました。
4.神様は、イエス様を通して、すべてのことを回復して下さいました。
<祈り>
1.私たちが罪を犯し、堕落した時も、救いの恵みを施される神様に、感謝の祈りを捧げましょう。
2.イエス様を通して、完全な三重の救いを受けるようにされたことに、感謝の祈りを捧げましょう。
3.神様の御言葉を疑い、不信仰にさせるものを、イエス・キリストの御名によって追い出す祈りを捧げましょう。
<とりなしの祈り>
隣の人と祈りの題目を分かち合って、共に祈りましょう。