献金する方法 説教を聞く方法 (2015.8.19)

1.献金する方法

まず、献金とは何でしょうか?
一番目、献金は感謝と献身の心を、物質を通して表現することです。信仰生活と物質は、緊密な関係にあります。物質がある所に、人の心もあります。(マタイ6:21) 真の礼拝は、自分のすべてのものを捧げることです。したがって献金には、自分の生活全体を捧げる告白が含まれています。『あなたの神、主が賜わった祝福に応じて、それぞれ自分のささげ物を持って出なければならない。』(申命記16:17)
二番目、献金は主を愛する信仰の尺度です。献金の多い少ないが愛の尺度ではなく、(ルカ21:2~4)、どれくらい真心を込めて、自発的に主に捧げたのかがその人の信仰を語ってくれます。主の恵みがさらに深まれば、自分の感情と周辺の影響を超越して、感謝として献金を捧げるようになります。(使徒2:44~45)
三番目、献金は献身を確かめる表現です。献金は、霊的にまたは肉体的に神様の恵みに感謝して献身を確約する表現です。(Ⅱコリント8:5)
次に献金を捧げる姿勢について調べてみます。献金を捧げる姿勢は、神様に対する私たちの信仰の態度を見せるものです。まず、献金は心に定めた通りに前もって準備しなければなりません。献金の額は、献金を捧げる人が持つ神様に捧げる感謝の心によって定めなければなりません。(Ⅱコリント9:7)献金は、喜びと自ら願う心で捧げるべきであり、神様のものを返して差し上げる心で捧げなければなりません。(Ⅱコリント9:7;出25:2)献金は、決して私のものを神様に捧げることではありません。神様のものを神様に返して差し上げる従順の姿です。(ピリピ4:19、申命記26:10)
三番目、什一献金について調べてみます。私たちの収入の中の十分の一を神様に捧げる什一献金は、神様の絶対主権を認めることを意味します。(マラキ3:10)信仰によって捧げる什一献金は、私たちが価値あるように思う全てのものが神様から来たということを記憶して告白する従順の表れです。什一献金は、旧約で信仰の先祖アブラハムが得た戦利品の十分の一を、メルキゼデクに捧げたことから(創14:20)始まったと言うことができます。新約時代には、パリサイ人と律法学者の什一献金生活(ルカ18:12)と正しい什一献金のためのイエス様の叱責(マタイ23:23)を通して什一献金が捧げられていたことを知ることができます。什一献金の精神は、正義と憐れみと信仰です。(マタイ23:23)私たちがこのような意味で什一献金を捧げれば、祝福を受けるようになりますが、神様のものである什一献金を盗めば、叱責され、人生の中に呪いが伴うようになります。(マラキ3:8~9)ですから、所得の中から最初に十分の一を心を込めて区別して、感謝と献身の心で神様の約束を信じて捧げなければなりません。

2.説教を聞く方法

私たちはどうすれば説教を通して、神様の御言葉を豊かに完全に受け取ることができるのでしょうか?
一番目、キリストに出会う準備をしなければなりません。クリスチャンは、いつも説教を通して、自分自身に語られる主の御声を聞き、主の御前で新しく決断しなければなりません。霊的な糧は、説教の中でイエス・キリストに出会ってこそ得ることができます。『イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」』(ヨハネ6:35)
二番目、自分を空にして神様に集中しなければなりません。クリスチャンは説教を聞くことによって、神様を中心に考え、自己中心的な誤った習慣と思想を砕く訓練の過程になります。(詩篇119:11, 29)
三番目、心を聖潔にしなければなりません。そのためにはまず、心が豊かになるように祈らなければなりません。心の器に積まれた人間的な思いや罪をなくして(悔い改めて)、説教が神様の御言葉として聞こえるように主に祈らなければなりません。(コロサイ3:1~2)また、神様の御言葉に背くすべての要素を捨てなければなりません。憎しみの心を与える怒り(エペソ4:31)、心を散漫にさせる問題(マタイ13:22)、不信仰の問題(ヨハネ1:11)を取り除いて、説教に集中する完全な心に変えなければなりません。『また、いばらの中に蒔かれるとは、みことばを聞くが、この世の心づかいと富の惑わしとがみことばをふさぐため、実を結ばない人のことです。』(マタイ13:22)
最後に、説教の御言葉をよく聞くための原理について調べてみます。
一番目、積極的を集中して聞かなければなりません。(箴8:17)
二番目、聖書を探って聞かなければなりません。説教は、聖書を理解しやすいように解き明かして語るものなので、説教を聞く時に聖書を探れば、さらに大きな恵みになると共に、後に聖書を読む時に語られた説教が思い出され、聖書がもっと新しい喜びとして近づいて来ます。(ネヘミヤ8:8~12)
三番目、記録して謙遜に聞かなければなりません。説教を記録することは、積極的に聞くようにさせ、後に考えることができる良い基礎になります。
四番目、正しい姿勢で「アーメン」と言って聞かなければなりません。(ネヘミヤ8:6、Ⅱコリント1:20)説教は、神様の御言葉なので、「アーメン」と言って受け入れることで信仰を告白しなければなりません。私たちは、献金を捧げることで神様に感謝の心を表現し、説教をしっかり聞くことで神様の御言葉をより豊かに完全に受け入れなければなりません。これを通して私たちの人生が神様の中でさらに栄えるようになるでしょう。

◎マナの要約
<献金の方法>
1.献金は、神様に仕えること、神様の栄光のために捧げる感謝の心が物質として表現されたものです。
2.献金は心に定めた通りに前もって準備し、喜びと自ら願う心、神様に差し上げる心で捧げなければなりません。
3.什一献金は、神様の絶対主権を認めることを意味します。信仰によって捧げる什一献金は、私たちが価値あるように思うすべてのものが、神様から与えられたことを覚え、告白する従順の表れです。
<説教を聞く方法>
1.キリストに出会う準備をしなければなりません。
2.自分を空にして、神様に集中しなければなりません。
3.心を聖潔にするために、心が豊かになるように祈り、神様の御言葉に背く要素(怒りの心、心を散漫にさせる問題、不信仰の問題など)を捨てなければなりません。
4.説教の御言葉をしっかり聞くために、聖書を探り、説教を記録して、正しい姿勢でアーメンと告白し、積極的に聞かなければなりません。

◎私の生活のマナ
<隣の人とあいさつ>
1.喜びと願う心で献金を捧げましょう。
2.私たちが信仰によって什一献金を捧げる時、神様が喜んで受け取られ、大きな祝福を注いで下さいます。
3.説教は、聖徒の信仰生活のために語られた神様の命の御言葉です。
4.説教を通して大きな恵みを受けるために、すべてのことを神様に集中して、心を聖潔にしましょう。
<祈り>
1.喜びと願う心で完全な献金、完全な什一献金を捧げ、神様に喜ばれるように祈りましょう。
2.説教を通して語られた神様の御言葉をいつも慕い求め、その御言葉を通して霊的な渇きが解消され、聖霊によって満たされるように祈りましょう。
<とりなしの祈り>
隣の人と祈りの題目を分かち合って、共に祈りましょう。