教会の使命 教会の礼式 (2015.8.12)

1.教会の使命:宣教、教育、奉仕

一番目、宣教はイエス様の至上命令です。(マタイ28:18~20,マルコ16:15)イエス様は、復活後の40日間、神の国の働きを弟子たちに教え、聖霊のバプテスマを受けて証人になること告げられて、昇天されました。『しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。』(使徒1:8) 宣教は神様をあがめること(使徒11:18)であり、福音を宣べ伝え、弟子とすること(マタイ28:19)です。宣教はサタンを追い出し(ルカ9:1)、キリストの再臨を準備すること(マタイ24:14)です。宣教の対象は、この世のすべての人々です。私たちは、キリストへの愛と隣人への愛のために宣教し、彼らのためにとりなしの祈りを捧げ、財政的にも支援します。
二番目、イエス様は教会が宣教して、弟子とする者にバプテスマを授け、御言葉を教え、守るように命令されました。イエス様は、どこに行かれても、絶えず弟子たちと民を教えられました。『イエスはガリラヤ全土を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいを直された。』(マタイ4:23) イエス様が告げられた教育は、学んだことを生活で実践し、適用することまでを含めます。
三番目、イエス様がこの地に来られた目的は、仕えるためでした。(マタイ20:28) このようなイエス様を救い主として受け入れた聖徒たちは、イエス様を見習って、教会と聖徒たちのために奉仕と仕えの場所に立たなければなりません。聖徒たちは全員、神様から賜物を受けたので、受けた賜物をうまく活用し、良い管理者のように忠誠を尽くして奉仕しなければなりません。(Ⅰペテロ4:10)礼拝は、神様に対する奉仕と言えます。礼拝奉仕、教育、養育、訪問、救済などが聖徒に対する奉仕として該当します。

2.教会の礼式:バプテスマと聖餐

バプテスマと聖餐は理論的教理で終わるのではなく、礼拝の中で神様と出会い、イエス様との交わりでもある、最も重要な信仰の表現と経験を伴います。
一番目、バプテスマの歴史と意味について調べてみます。
バプテスマの歴史:バプテスマは、初代教会の生活で最初に救われた者が持つ、最も重要な儀式でした。パブテスマのヨハネは、悔い改めのバプテスマを施しました。(マルコ1:4) イエス様も、ヨルダン川でバプテスマのヨハネからバプテスマを受けられました。(マタイ3:16) イエス様がバプテスマを受けたのは、神様の目的である救いの働きを成就するためでした。(マタイ3:15) また、バプテスマを施すことは、イエス様の命令です。(マタイ28:18~20)
バプテスマの意味:バプテスマは、聖徒がキリストと共に、罪に対して死んで葬られ、キリストの復活と共に、新しい命として復活したことを意味します。(ローマ6:3~4)
バプテスマは、聖徒がキリストの御体である教会に属したという象徴的な意味があります。また、バプテスマは、救われた聖徒が神様の民となったことを、この世で公式的に公布することです。
二番目、聖餐の起源と意味について調べます。
聖餐の起源:聖餐は、イエス様が自ら定められたことです。聖餐の起源は、イエス様が十字架につけられる前の晩に弟子たちを集め、過越の祭りを守った夕食の食卓から始まりました。イエス様がパンを裂いて弟子たちに与え、またぶどう酒が入った杯を彼らに与えた後に、ご自身が再び来る時まで、十字架の死を記念するように告げられました。『私は主から受けたことを、あなたがたに伝えたのです。すなわち、主イエスは、渡される夜、パンを取り、感謝をささげて後、それを裂き、こう言われました。「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行ないなさい。 」夕食の後、杯をも同じようにして言われました。「この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行ないなさい。 」ですから、あなたがたは、このパンを食べ、この杯を飲むたびに、主が来られるまで、主の死を告げ知らせるのです。』(Ⅰコリント11:23~26)
聖餐の意味:聖餐は、生活の中でキリストの死をいつも覚え、キリストの臨在を享受することです。(Ⅰコリント11:23~26,ヨハネ6:53~57) 旧約に記された過越の祭り(出エジプト12:7)は、エジプト(呪いとサタンの束縛)から解放される道は、子羊の血だけであることを意味します。これが新約では聖餐式になり、イエス・キリストの肉と血を記念することになりました。初代教会では、毎日キリストを記念しました。(使徒2:42) このように、私たちも生活の中で、キリストの臨在をいつも受けなければなりません。私たちが主の聖餐にあずかる時、私たちの罪を贖い、永遠の命を与えるために肉を裂き、血を流された恵みと愛を改めて悟り、覚え、イエス様が再び来られる時まで、その救いのすばらしい恵みを受けなければなりません。

◎マナの要約
<教会の使命>
1.イエス様が命令された宣教は、教会の根本的な使命です。
2.イエス様は、教会が宣教し、弟子とする者にバプテスマを与え、御言葉を教え、守るように命令されました。
3.イエス様を救い主として受け入れた聖徒は、仕えの手本となられたイエス様を見習い、教会と聖徒たちのために仕えなければなりません。
<教会の礼式>
1.聖徒はバプテスマを通して、キリストと共に罪に対して死んで葬られ、キリストの復活と共に新しい命としてよみがえりました。
2.聖餐は、生活の中でキリストの死をいつも覚えて、キリストの臨在を享受することです。

◎私の生活のマナ
<隣の人とあいさつ>
1.宣教の使命をしっかり行いましょう。
2.イエス様が告げられたことをまず生活で実践し、伝道した相手に御言葉を正しく教え、守るようにさせましょう。
3.イエス様のように、仕える人になりましょう。
4.バプテスマは、救われた聖徒が神様の民となったことを、この世で公式的に公布することです。
5.聖餐を通して、日々イエス・キリストの死を覚え、イエス・キリストの臨在を享受しましょう。
<祈り>
1.教会の使命である宣教、教育、奉仕を、取るに足りない私に任された神様に感謝の祈りを捧げましょう。そして、任された使命を果たすことができるように祈りましょう。                         
2.教会の礼式であるバプテスマと聖餐を通して神様に近づき、イエス様に似る者になるように、また聖霊充満になるように祈りましょう。
<とりなしの祈り>
隣の人と祈りの題目を分かち合って、共に祈りましょう。