祝福、天国と再臨の福音、三重の祝福 (2015.7.29)

1.祝福の福音

人は誰でも祝福を受けて、幸せに生きることを願います。神様は、神様の子供たちが、神様の恵みの中で豊かな生活を生きるように願われます。(申7:13) 聖書での祝福は、生産の能力、物質的な能力、物質的な繁栄、敵を打ち破る能力である知恵など、多様な形で現れます。聖書に出てくるこのような祝福は、イスラエルに向かう神様の救い、すなわち霊的な祝福だけでなく、肉的、現世的祝福も含まれています。
しかし、神様がすでに備えられたこのような数多くの祝福を、人類は不従順によって失いました。堕落の結果、宇宙の秩序が破壊され、人がエデンの園から追放され、産みの苦しみと人生の労苦が大きく増し加えられました。このような呪いと苦しみの人生は、神様の本来の御心では決してありません。しかし、イエス様が世の中に来られ、十字架を背負われたことにより、神様の御心は成就されました。一番目、私たちを豊かにされました。イエス様が貧しく生きられたのは、まさに私たちを豊かにするためでした。(Ⅱコリント8:9) 二番目、私たちの呪いを贖われました。(ガラテヤ3:13)三番目、私たちが祝福を受けるようにされました。イエス様は、キリスト・イエスにあってアブラハムの祝福が異邦人に及ぶようにされました。(ガラテヤ3:14) 祝福の福音は、神様が祝福の源であり、人生の源である信仰から出発します。したがって、神様に祝福を求めて、その祝福を受けることは非常に聖書的です。

2.天国と再臨の福音

メシヤが来られる預言をして、その預言通りにイエス様が来られました。新約聖書は、イエス様が再び来られるという厳かで明白な事実について、繰り返し強調しています。イエス様は、一番目、約束の御言葉を成すために来られます。(マルコ13:26) 二番目、死者を起こして、聖徒を栄光へと変えるために来られました。(Ⅰコリント15:51~53, Ⅰテサロニケ4:16) 三番目、死の勢力を滅ぼすために来られます。(Ⅰコリント15:26) 四番目、救われた聖徒たちを備えられた場所(天国)に導くために来られます。五番目、世を裁くために来られます。(ヨハネ14:3) 生きている人々と死んだ人々を裁かれ、(Ⅰペテロ4:5) 羊とやぎ、良い種と毒麦を区分されるのです。(マタイ13:40, 25:31~33)
再臨には、空中再臨と地上再臨があります。空中再臨は、油が準備された聖徒たちを引き上げるために来られ、(Ⅰテサロニケ4:16~17) 地上再臨は、敵たちを打ち破り、裁かれるために来られます。この再臨の時は、誰も知りません。確実なことは、福音が全人類に宣べ伝えられてからイエス様が再び来られるということです。マタイの福音書24章14節には、『この御国の福音は全世界で宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、終わりの日が来ます』と記されています。したがって、再臨を待つ私たちは、一番目、いつも目を覚ましていなければなりません。イエス様がいつ私たちを呼ばれるかわからないので、私たちはいつも目を覚ましていなければなりません。(マタイ24:42) 二番目、一生懸命に伝道しなければなりません。伝道は、イエス様の最後の命令であり、(マタイ28:18~20) イエス様の最大の関心ことだからです。三番目、天国と再臨を望まなければなりません。私たちの究極的な希望は、この世にはなく、キリストの再臨と永遠の天国にあるからです。(ピリピ3:20) 再臨の日は、恐れの日ではありません。キリストの福音を通して救われた私たちにとっては祝福の知らせであり、喜びの日です。

3.三重の祝福

私たちは、イエス・キリストの血潮の能力を受けて、霊的、環境的、肉体的の三重の刑罰から霊的、環境的、肉体的の三重の祝福を受けました。イエス様は、『愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります』(Ⅲヨハネ1:2)という御言葉を血潮の恵みで成就されたのです。
一番目、イエス様は、私たちすべての罪と咎を代わりに贖われました。(ガラテヤ1:4) その結果、神様と人間の間で敵になっていた関係が、正しい霊的関係に回復しました。(ローマ5:10) そして、人間は聖霊様を通して、神様の深い知識を悟るようになりました。(Ⅰコリント2:9~10)また、神様に何が良いことで受け入れられ、完全であるのかという御心を分別できるように変えられました。(ローマ12:2) これが霊的祝福です。二番目、聖書は人間が直面する環境的苦難と、呪いに対するイエス様の贖いに対して、明確に宣言されています。(申28:15~19; ガラテヤ3:13) したがって、私たちがイエス様を信じれば、憎しみと不安と、恐怖と絶望、挫折と死、罪責感と罪に定めることなど、すべての環境的なとげが取り除かれ、生活の中で祝福が川のように流れるようになります。三番目、人間は堕落によって、肉体的な病と死の呪いから抜け出すことができません。しかし、イエス様の贖いによって、その肉体的な呪いから回復されました。私たちは、イエス・キリストの血潮の恵みによって力を受け、病に対する治療と健康の回復を大胆に主張することができるのです。(イザヤ53:5. Ⅰペテロ2:24) たましいが幸いを得るためには、まず神の国とその義とを第一に求めなければなりません。すべてに幸いを得るためには、一生懸命に祈らなければなりません。そして、持続的に病の癒しのために祈り、癒しを通して健康になることを切に求めなければなりません。

◎マナの要約
<祝福の福音>
1.神様は、神様の子供たちが、この地で神様の恵みの中で豊かな人生を生きることを願われます。
2.イエス様が世に来られ、十字架につけられたことで、神様の御心を成就されました。
3.神様に祝福を求めて、その祝福を受けることは、非常に聖書的なことです。
<天国と再臨の福音>
1.イエス様は、神様の時に再び来られます。
2.再臨を待つ私たちは、いつも目を覚まさなければならず、一生懸命伝道して、天国を望まなければなりません。
<三重の祝福>
1.イエス様の十字架の血潮の恵みによって、私たちは霊的な祝福、環境的な祝福、肉体的な祝福、すなわち、全人的な祝福を受けました。

◎私の生活のマナ
<隣の人とあいさつ>
1.私たちの神様は、私たちに祝福を与えることを願われる良き神様です。
2.イエス様は、再びこの地に来られます。
<祈り>
1.私たちに祝福を与えることを願われる良き神様に感謝の祈りを捧げ、その祝福を他の人々にも分かち合えるように祈りましょう。
2.この地に再び来られるイエス様を待ち望み、イエス様の再臨を準備することができるように祈りましょう。
3.イエス様の血潮の恵みによって、三重の祝福を受けるようになったことに、感謝の祈りを捧げましょう。霊的、環境的、肉体的祝福をもっと豊かに享受することができるよう、祈りましょう。
<とりなしの祈り>
隣の人と祈りの題目を分かち合って、共に祈りましょう。