第24課 聖霊充満を受けましょう (2015.6.17)

1.聖霊充満を受けることは神様の御心

私たちが聖霊充満を受けることは神様の御心であるという事実を、神様は聖書を通して明らかに示されました。使徒の働き2章38節と39節を見れば、『そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。なぜなら、この約束は、あなたがたと、その子どもたち、ならびにすべての遠くにいる人々、すなわち、私たちの神である主がお召しになる人々に与えられているからです』と記録されています。ここで、「あなたがた」とはユダヤ民族のことであり、「その子どもたち」とはユダヤ人の子孫のことを示します。また、「すべての遠くにいる人々」とはユダヤ人ではなく、他の民族、すなわち異邦人のことを示します。したがって、「イエス・キリストの名によってバプテスマを受け、罪の赦しを受ければ、聖霊充満を賜物として受ける」という御言葉は、全人類にあてはまる神様の約束です。この約束は、すでに旧約時代の預言者ヨエルを通しても告げられました。ヨエル2章28節を見れば、『その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ』と記録されています。「わたしの霊」とは、神様の御霊である「聖霊」のことを示し、また「すべての人」とは「すべての民族」を示します。神様は預言者ヨエルを通して、人種や地位、身分の差別なく、すべての人に聖霊充満の恵みを施す約束をされました。したがって、今日でもイエス・キリストを救い主として受け入れた人は、誰でも聖霊充満を受けることができ、また聖霊充満を受けることが、神様の御心であることを知らなければなりません。

2.聖霊充満を受けるためには

一番目、神様の約束の御言葉を信じなければなりません。神様は、『終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る』(使徒2:17)と告げられました。したがって、神様が、世の終わりの時を生きる私たちに聖霊充満を与える事実を信じなければなりません。ヤコブ1章6節から8節を見れば、『ただし、 少しも疑わずに、信じて願いなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、 海の大波のようです。そういう人は、主から何かをいただけると思ってはなりません。そういうのは、二心のある人で、その步む道のすべてに安定を欠いた人です』と記録されています。したがって、私たちが聖霊充満を受けようとするならば、神様の約束の御言葉を疑わず、信仰によって切に慕い求めなければならないのです。
二番目、徹底して悔い改めなければなりません。私たちが神様の御前で悔い改めるべき罪は、二つあります。一つ目は、不従順の罪です。私たちがイエス・キリストを信じて救われる前は、神様に背いた罪人でした。私たちは神様に不従順で、御言葉に背く生活をしたので、心がかたくなになり、なかなか砕かれません。
しかし、私たちが聖霊充満を受けるためには、必ず神様に不従順した罪を悔い改め、かたくなな心を砕かなくてはなりません。心がやわらかくなってこそ、神様が御心どおりに働くことができるからです。二つ目の罪は、第一に神様に仕えることができない罪です。私たちが救いを受けて信仰生活を送っていても、神の国とその義とをまず第一に求めない罪は悔い改めなければなりません。この悔い改めを通して、私たちの心に神様の赦しの確信と平安があれば、聖霊充満を受けることができる心の土台が備えられます。
三番目、必死に祈らなければなりません。イエス様の弟子たちは、オリーブ山でイエス様が昇天された光景を目撃した後、『エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい』(使徒1:4)というイエス様の命令に従い、エルサレムに帰りました。そして、彼らが泊っている屋上の間に上がり、父が約束された聖霊充満を受けるために、祈りに専念していました。(使徒1:5,13~14)
その結果、彼らはついに五旬節の日、聖霊充満を受けました。(使徒2:1~4)したがって、今日も私たちが聖霊充満を受けるためには、使徒の時代の聖徒たちのように、渇いた心を持って、専心全力で祈らなければなりません。
最後に、忍耐しなければなりません。聖霊充満を受けるために何度も祈ったが答えがない、とあきらめてしまえば、聖霊充満を受けることはできません。神様が聖霊充満を与えられる時まで、私たちは忍耐して祈らなければなりません。真の信仰なのか、そうでないのかは、忍耐を通して知ることができます。真の信仰を所有した人であれば、最後まで忍耐して聖霊充満を受けなければなりません。

3.聖霊充満を求める時、注意するべき点は

一番目、貪欲的な動機で求めてはいけません。ヤコブ1章15節には、『欲がはらむと罪を生み, 罪がすると死を生みます』と記されています。したがって、聖霊充満を受け、主にもっとよく仕え、一生懸命に伝道しなければならない、という正しい動機から求めなければなりません。
二番目、自分を誇ろうとする目的で求めてはいけません。神様が私たちに聖霊充満を与えられ、また聖霊の様々な賜物を与えられるのは、私たち自身を誇るために与えられたのではありません。したがって、私たちはただ神様の栄光のために用いる心を持って、聖霊充満と聖霊の賜物を求めなければなりません。
三番目、心が病んだ状態で求めてはいけません。心身が虚弱になった状態で聖霊充満を求めれば、悪霊がその心を占領するからです。したがって、心身が虚弱になった人は、まず罪を悔い改め、イエス様の血潮に頼って癒された確信を得た後に、明るく清い輝いた心で祈らなければなりません。
最後に、聖霊充満を受けるために、分別なく按手の祈りを受けることを控えなければなりません。悪霊に捕えられた人々に按手の祈りを受けて、悪霊に苦しむ人々もいるからです。したがって、聖霊充満を受けるために、按手の祈りを受けることを願うならば、按手する人の実を見なければなりません。本当に聖霊充満な人であることを確認した後に、按手の祈りを受けなければなりません。

◎聖書研究
1.私たちが聖霊充満を受けるためには、どのようにするべきでしょうか?(勉強する内容)
2.聖霊充満を求める時、注意する点は何ですか?(勉強する内容)

◎交わりと適用
1.聖霊充満を受けた体験をお互いに話してみましょう。
2.まだ聖霊充満を受けていない区域の家族のために、心を合わせて祈る時間を持ちましょう?