第16課 ソロモン王の祈り (2015.4.22)

1.神様の恵みに感謝することを知っていたソロモン

ソロモンは、父ダビデ王と自分に施された神様の恵みを悟り、感謝することを知っている人でした。Ⅰ列王記3章6節を見れば、『ソロモンは言った。「あなたは、あなたのしもべ、私の父ダビデに大いなる恵みを施されました。それは、彼が誠実と正義と真心とをもって、あなたの御前を歩んだからです。あなたは、この大いなる恵みを彼のために取っておき、きょう、その王座に着く子を彼にお与えになりました。」』と記録されています。
誠実と正義と真心をもって主に仕えた私たちの信仰の先輩たちに恵みを施し、現在の私たちにも変わりなく恵みを施しておられる神様に、私たちは今日、感謝することを知らなければなりません。 私たちは罪や不義を犯し、醜悪で捨てられて当然であるにもかかわらず、神様の御子イエス・キリストが十字架で体を引き裂かれ、血を流され、死なれたことで、神様は私たちのすべての罪を赦して下さいました。それゆえ、私たちはこの神様の恵みをただただ感謝しなければなりません。真の感謝とは、イエス様が罪の中にいる私を救うために、十字架で体を引き裂かれ、血を流され、死なれたことを感謝することなのです。

2.謙遜なソロモン

ソロモンは、神様の恵みに感謝しただけでなく、神様の御前で謙遜でした。彼は、『わが神、主よ。今、あなたは私の父ダビデに代わって、このしもべを王とされました。しかし、私は小さい子どもで、出入りするすべを知りません』(Ⅰ列3:7)と告白しました。ソロモンは、イスラエルの王に即位したにもかかわらず、自ら小さい子供で、出入りするすべを知らないと告白し、神様の御前では謙遜に自分を低くしたのでした。
謙遜とは、神様の御前で自分の足りなさを悟り、認めるだけでなく、すべて神様に助けを求めることである、と言うことができます。また、真の謙遜とは、神様の御前で自分が罪人であることを悟り、イエス様を救い主として受け入れることです。イエス様は神様の御姿である方なのに、神様のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。(ピリピ2:6∼7) そして、三年半の公生涯の間、貧しい者、疎外された者、病人たちを訪ねられ、祝福の知らせを伝えました。それだけでなく、イエス様は自ら弟子たちの足を洗われる謙遜と、仕える姿勢の模範を示しました。(ヨハネ13:4~11) そして、私たちのすべての罪を代わりに贖うために、十字架で体を引き裂かれ、血を流され、死なれました。だから、神様はイエス様を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになり、天にあるもの、地にあるものすべてが、ひざをかがめようにされたのです。(ピリピ2:9~10)

3.責任感があるソロモン

ソロモンは王としての自分の足りなさを認めただけでなく、責任感もしっかり持っていました。ソロモンは、主の民を治めなさいと、神様から与えられた王の職分をしっかり遂行するために、神様に聞く心、すなわち知恵の心を求めました。Ⅰ列王記3章9節を見れば、『善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。さもなければ、だれに、このおびただしいあなたの民をさばくことができるでしょうか』と記録されています。
また、神様は、イエス・キリストを信じて神様の子供になった私たちにも、信仰の量りに応じてそれぞれの職分を与えられました。これについては使徒パウロも、『私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を超えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい』(ローマ12:3)と語りました。ですから、私たちが任された職分が大きいからと傲慢になり、小さいからと不平を言わないで、神様が私たちに任された職分に、最善を尽くして忠誠しなければなりません。聖書には、『管理者には、忠実であることが要求されます』(Ⅰコリント4:2)と記されています。神様は、たとえ小さいことでも感謝し、任されたことに最善を尽くした者に報酬を与えてくださいます。それだけでなく、小さいことに忠誠する者には、さらに大きいことを任せてくださるのです。(マタイ 25:23)

4.神様の祝福を受けたソロモン

父の後に続いて王位に就いたソロモンは、神様の御前で富や誉れ、長寿を求めたのではなく、民をよく治めるために知恵を求めました。彼は神の国とその義とを第一に求めることで、神様の御心にかなうようにしました。これに対して神様は、ソロモンが求めなかった富や誉れまで彼に与えました。Ⅰ列王記3章11節~13節を見れば、『神は彼に仰せられた。「あなたがこのことを求め、自分のために長寿を求めず、自分のために富を求めず、あなたの敵のいのちをも求めず、むしろ、自分のために正しい訴えを聞き分ける判断力を求めたので、今、わたしはあなたの言ったとおりにする。見よ。わたしはあなたに知恵の心と判断する心とを与える。あなたの先に、あなたのような者はなかった。また、あなたのあとに、あなたのような者も起こらない。そのうえ、あなたの願わなかったもの、富と誉れとをあなたに与える。あなたの生きているかぎり、王たちのなかであなたに並ぶ者はひとりもいないであろう」と記録されています。
では、どのくらい神様の御心にかなえば、神様はこのように語ってくださるでしょうか? 神の国とその義とを第一に求める者に、神様はすべてを与えられます。(マタイ6:33) したがって、ソロモンのように、私たちも神の国と、その義とを第一に求める人生を生きなければなりません。そうすれば、神様は私たちに天の霊的な祝福と、地の肥えた祝福を溢れんばかりに注いで下さいます。

◎聖書研究
1.一千頭の全焼のいけにえを捧げたソロモン王は、夢で神様が現れて、『あなたに何を与えようか。願え』(Ⅰ列3:5)と告げました。これに対して、ソロモンが神様に求めたものは何ですか?(Ⅰ列3:9, 勉強する内容)
2.ソロモン王の祈りを聞かれた神様は、どのように答えましたか? (Ⅰ列3:11~13, 勉強する内容)

◎交わりと適用
1.神の国とその義とを第一に求めた結果、求めなかったものまで与えられた神様の恵みをお互いに話してみましょう。
2.あなたの祈りは、ソロモン王の祈りとどのような違いがありますか?