第8課 健康であるように祈ります (2015.2.25)

1.病気が癒される道

一番目、健康になることを決断しなければなりません。病気から癒されることを願うなら、何よりもまず、「私は病気が癒されなければならない」と決断するべきです。そして、「病気は癒される」熱い願いと、熱望を持たなければなりません。何も願わず、熱望しない人に、神様は何も起こすことができないからです。したがって、私たちが病気の癒しを願うなら、まず神様の力によって病気を追い出す決断と共に、健康に対する熱望を持たなければなりません。
二番目、罪を悔い改めなければなりません。病気の原因が私たちの罪によることもあるので、私たちが神様の思い通りに生きず、不従順したすべての罪を一つ一つ悔い改めなければなりません。その時、私たちは病気を追い出すことができるのです。
三番目、赦し、愛さなければなりません。私たちは神様に赦されたのですから、私たちも隣人を赦さなければなりません。サタンは、私たちの心の中に憎しみの心を入れ、私たちを病気にさせ、破滅させようとします。したがって、自分に苦しみを与え、傷を与える人を赦し、愛さなければなりません。
四番目、信仰の祈りを捧げなければなりません。信仰の祈りとは、半信半疑で運を願う祈りではなく、ないものをあるもののように見て話す創造的な宣言です。神様は、このような信仰を持って求める人々には報いを与える、と約束されました。(へブル11:6) したがって、私たちの環境がどのように変わっても気にせず、病気の癒しに対する約束の御言葉(Ⅰペテロ2:24, ヤコブ5:15)をつかんで、後ろに退かない祈りを捧げなければなりません。その時、神様の癒しの働きが起こるのです。
五番目、二度と罪を犯してはいけません。神様の恵みと力によって病気が癒された後には、サタンの罠にかかって、再び罪を犯さないように気をつけなければなりません。罪を犯さないようにするため、積極的にすることは、私たちの考えと言葉と行動を通してキリストの香りを現すことです。

2.心の平安を維持する方法

私たちが肉体的な健康を維持するためには、まず私たちの霊が健康にならなければならず、また心の平安を維持しなければなりません。では、どうすれば、私たちの心が平安を維持できるのでしょうか?
一番目、罪責の問題を解決しなければなりません。罪責とは、罪を赦された後も、続けて罪に定められている意識に囚われていることを言います。罪責感を持っていれば、心の平安と喜びを維持することができません。この罪責から解放されるためには、信仰が必要です。神様に心から罪を悔い改めたなら、赦されたことを信じなければならないのです。(Ⅰヨハネ1:9)神様が罪を赦したことを確信する時、私たちは罪責から解放され、私たちの心の中に真の平安が溢れるようになるのです。
二番目、疲れ、重荷を神様に委ねなければなりません。主は、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」(マタイ11:28)と語られました。だからこそ、私たちの疲れ、すべての重荷を主に委ねなければなりません。主の約束の御言葉の上に固く立ち、祈りによって重荷を主に委ねれば、私たちの心の中に真の平安が溢れるようになるのです。
三番目、満ち足りることを学ばなければなりません。いつも他人と比べながら人生を生きれば、いつも不平が出てくるしかありません。私たちは自分を他人と比べないで、すべての点に感謝することを知らなければなりません。神様が日用の糧を与えて下さることに感謝し、着る服と住まいを与えて下さることに感謝しなければなりません。そして、今まで私たちを守って下さったこと、将来、天国に導かれることも感謝しなければなりません。このように、私たちがすべての事に感謝して、満ち足りている人生を生きれば、私たちの心の中に真の平安が溢れるようになるのです。
四番目、聖霊充満を受けなければなりません。聖霊様は私たちを助けるために、いつもそばに来られる方です。すなわち、聖霊様はまさに平安の霊です。聖書には、「肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です」(ローマ8:6)と記されています。私たちが聖霊充満の時、平安で満たされるようになるのです。

3.神様がとげを与えられる理由

イエス・キリストを信じて救われた私たちにも、病気や貧しさ、迫害や混乱のようなとげが絶えず近づきます。では、神様が私たちにとげを与える理由は、何でしょうか?
一番目、私たちの自我を砕くためです。私たちが神様中心で生きず、自己中心で生きようとすれば、とげが近づきます。神様は、とげを通して私たちの自我を砕き、神様中心の人生を生きるようにされるのです。
二番目、神様だけを頼るようにするためです。私たちにとげが近づけば、私たちは自分の足りなさを悟って神様だけを頼るようになります。そして、生きても死んでも、栄えても滅びても、神様だけを頼るようになります。したがって、私たちにとげが近づけば、落ち込んで挫折するのではなく、もっと神様に頼らなければなりません。
三番目、とげは神様の愛の表示です。すなわち、私たちにとげが近づくことは、私たちが神様の保護と愛の中にいる証拠です。もし、私たちが罪の中にいる時に、神様がとげを送らないで傍観するだけであれば、私たちは最終的に破滅するのです。したがって、私たちにとげが近づく時、逆に感謝し、悔い改めて、正しく振り返ってみなければなりません。
四番目、神様の力を体験させるためです。とげは、私たちの弱い姿を悟らせますが、私たちを弱くすることはしません。かえって、とげは神様の力を体験させ、私たちを強くさせます。神様が用いられる人は、数多くのとげを通して、神様の力を体験した人たちです。

◎聖書研究
1.私たちがどうすれば、健康な人生を生きることができますか? (勉強する内容)
2.神様が私たちにとげを与える理由は、何でしょうか?(勉強する内容)

◎交わりと適用
1.主の力によって、病気が癒された境遇をお互いに話してみましょう。また、病気が癒されためにどのような方法を用いたのかを、お互いに分かち合ってみましょう。
2.神様があなたに与えたとげは何であり、そのとげを与えた理由は何だと思いますか?