第6課 あなたがたましいに幸いを得ているように (2015.2.11)

1.霊が生きる道

人の先祖であるアダムとエバは、神様から息を吹き込まれて人になりました。(創2:7) しかし、アダムとエバがサタンの悪知恵にだまされて、善悪の知識の木の実を取って食べたことで、彼らの霊は死んでしまい、神様との交わりも断絶されました。そして、エデンの園から追い出されました。それだけでなく、アダムの罪によって全人類が罪人になりました。(ローマ5:19) では、このように絶望的な状況で、誰が私たちの霊を回復させてくれるのでしょうか? 人の道徳的な訓練や修行、教育や政治が私たちの霊を回復させるのでしょうか?
人は完全に堕落したので、人のどんな力でも、死んだ霊を回復することはできず、イエス様だけが回復できます。イエス様がこの世に来られた目的は、霊が死に、サタンのしもべとして生きる人を救うためです。ルカの福音書19章10節には、「人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです」と記されています。では、救われるためにするべきことは何でしょうか? 私たちが救われるためにすることは何もなく、イエス様が十字架で身体を引き裂かれ、血を流されたことで、私たちの罪を償って下さったことを信じ、イエス様を受け入れるだけでいいのです。私たちがイエス様を受け入れる時に得た命を、ギリシャ語で「ゾエ」と言いますが、この命は神様から来るものです。ですから、私たちがイエス様を救い主として受け入れる時、私たちの霊は神様の命を受けて再び生き返ります。もちろん、私たちがイエス様を救い主として信じる信仰は自ら生じるのではなく、聖霊様が助けて下さらなければなりません。(Ⅰコリント12:3)

2.たましいを訓練させる道

イエス様を通して私たちの霊が生き返っても、完全に霊的な人生を生きることはできません。なぜなら、今の私たちには、たましいが最高の決定権者であり、統治者であったので、霊の支配を受けようとしないからです。霊は、神様中心に生きようとしますが、たましいは自己中心に生きようとします。しかし、私たちの霊が一度生き返った後に、神様は私たちのたましいを必ず砕きます。神様は患難や逆境によって、私たちの意地や不信仰、憎しみや情欲の性質を砕かれます。したがって、私たちが患難を受けたら、つぶやいたり、不平を言ったりせず、神様の御前に謙遜な心でひざまずき、悔い改めて祈らなければなりません。
こうして、たましいが砕かれ霊に服従したら、次はたましいを訓練させなければなりません。たましいは理性的な存在なので、砕かれるだけでは不十分であり、教育、訓練をしなければなりません。では、どのようにたましいを訓練させるのでしょうか? それは、神様の御言葉を通して訓練します。私たちは神様の御言葉を読み、聞き、勉強し、黙想し、暗唱することに力を尽くさなければなりません。

3.肉を殺す秘訣

私たちの霊が幸いを得るためには、たましいを砕いて訓練するだけではなく、肉を殺さなければなりません。肉は感覚的であり、情欲的であり、衝動的です。ですから、肉はたましいのように訓練したり、砕いたりすることはできません。肉は情欲が湧けば、淫乱で酒に酔い、放蕩します。このように、肉は衝動で行動するので、教育や訓練によって治めることはできません。
では、私たちの肉をどうするべきでしょうか? 肉は、十字架につけて殺す方法しかありません。パウロはこの事実を骨にしみるほど体験したため、「私は,ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか」(ローマ7:24)と嘆きました。そして、日々自分を殺して十字架につけることを告白したのです。(Ⅰコリント15:31, ガラテヤ2:20) キリスト・イエスの人々は肉と共に、情欲と貪欲を十字架につけた人です。(ガラテヤ5:24)したがって、肉的な情欲が私たちをそそのかす時、私たちは情欲に従ってはいけません。肉的な衝動が起こった時、私たちは断固として退けなければなりません。
しかし、この肉的な衝動は、一度退いたと言っても、完全に退くのではありません。したがって、私たちはパウロのように、日々自分自身を十字架につけなければなりません。その時、私たちのたましいが幸いを得ているように、すべての点でも幸いを得て、健康な人生を生きるようになるのです。

4.聖霊様の支配を受ける人生の秘訣

私たちのたましいが幸いを得るためには、聖霊様の支配を受ける人生を生きなければなりません。では、どうすれば、聖霊様の支配を受ける人生を生きることができるのでしょうか?
一番目、私たちが聖霊様の支配を受ける人生を生きるためには、毎日、聖霊様を認め、歓迎し、受け入れ、頼らなければなりません。そして、絶えず祈らなければなりません。私たちが主の御前にひざまずいて切に祈る時、聖霊充満を受けるようになります。
二番目、私たちが聖霊様の支配を受ける人生を生きるためには毎日、神様の御言葉を食べなければなりません。神様の御言葉は、糧と同じです。私たちが肉の糧を食べなければ体の力を失うように、霊の糧である神様の御言葉を食べなければ、霊も力を失うようになるのです。
三番目、私たちが聖霊様の支配を受ける人生を生きるためには、伝道に力を尽くし、集まりに力を尽くさなければなりません。伝道は、霊的な運動のようなものです。私たちが体の運動をしなければ体が弱くなるように、霊も伝道をしなければ弱くなります。したがって、時がよくても悪くても、伝道に力を尽くさなければなりません。また、主の御名で集まって共に神様を礼拝して祈る時、聖霊充満を受けることができるので、いつも集まりに力を尽くさなければなりません。(へブル10:25)
四番目、私たちが聖霊様の支配を受ける人生を生きるためには、聖霊様に逆らう罪を犯してはいけません。聖霊様は、私たちの体を宮として住まわれます。(Ⅰコリント6:19) したがって、私たちが聖霊様の支配を受ける人生を生きるためには、聖霊の宮である私たちの体を汚し、聖霊様を悲しませてはいけないのです。(エペソ4:30)

◎聖書研究
1.私たちのたましいが幸いを得るためには、どうするべきでしょうか? (勉強する内容)
2.私たちが聖霊様の支配を受ける人生を生きるためには、どうするべきでしょうか?(勉強する内容)

◎交わりと適用
1.普段から聖霊様の支配を受ける人生を生きるために、どのような努力をしているのか、お互いに話してみましょう。
2.あなたは、たましいの幸いを得ていますか?